愉快か沈黙かそれとも無罪か

禪院家に縛り付けられるようになってしばらく経った。日中は耄碌した爺たちの罵詈雑言を聞き流し、食事は真希と共に取り、夜は一人で静かに眠る。十種影法術のうち二種類しかまだ使いこなせないわたしは、爺たちの八つ当たりの格好の的だった。別に聞き流しているだけなのでダメージはそこまで食らわないけれど。
ばあやに言って道場を借りてもらい体術の鍛錬と新たな式神の調伏を試す。現在式神の手持ちは獏と管狐しかいないので、もう少し増やしたいとは思うのだ。十種とはいかなくてもせめて五種は使いこなせるようにならなければ、この家に利用価値があると思われるだろう。

なまえ
「真希、どしたん」
「ジジィが呼んでる」
「まじ?めんどくせぇな」
「今すぐ来いって」
「はいはい。呼びに来てくれてありがと」
「ん」

道場で新たな式神の調伏のために試行錯誤していると、人の気配を感じて一旦手を止める。入り口を見れば見慣れた小さな子どもの姿が目に入った。用件を聞けば当主がわたしを呼んでいるとのことで。今まで一切接触してこなかった癖に今更なんなのだろうか。当主の補佐に就けるという話は爺たちから聞いていたけれど、呼ばれることも爺たちに何かを言われることもないので、てっきり形だけかと思っていた。そうではなかったらしいが。
真希に案内を頼んで道場から当主の待つ部屋まで連れて行ってもらう。基本的に離れで暮らしているわたしは中の配置がどうなっているのかわからないし、興味もない。本家の屋敷内で暮らさせないという時点で、おそらく向こうもわたしにあまり本家の内情に触れてほしくないと思っているはずだ。
連れられるままに屋敷の奥まで進んでいくと、真希がひとつの部屋の襖を開けた。なかなか強い人間の気配を感じる。当主、ということだけあって、やはりそれなりな人間なのは間違いない。こういう人がいるのであればわたしは必要ないのだと思うんだけどな、正直。

「連れてきたぞ」
「失礼いたします」
「真希は下がれ。なまえはそこに座れ」
「はい」

ひじ掛けに凭れながらわたしの一挙手一投足を見ているのを感じつつ、促されるままに当主の正面で正座をする。背筋は意図せずとも伸びた。

「少しはましになったか、小娘」
「ましって?」
「影法術に決まっているだろう」
「相変わらず二体しか調伏できてませんけど」
「相変わらず才能ねぇな」

言われなくてもわかっている。だからこそ、この家を出たのだというのに。わたしの術式は禪院家の相伝術式ではあるけれど、本来であれば十体使えるはずの十種影法術の内二体しか調伏できていないのだ。周囲は術式を上手く使いこせないわたしに非難や不満の言葉をぶつけ続けた。せっかく十種影法術を生得して生まれてきたというのに、なんてもったいない、などそんな言葉を浴びせられ続けた。生まれ持っての才能はあるのに、それを使いこなせないのは怠慢だとも言われたこともある。そんなことを言われたって、幼少期に親と引き離され、周囲と交わることを許されず、孤独に生きていた人間にはどうしようもないことだった。師らしい師も付けてもらえず、結局伝承されている書物を読んで見様見真似で術を扱うことしかできないところから始まっているのだ。多く求められても困る。正直、高専に入学してようやく自分の術式を理解し、徐々に使いこなせるようになったというのに。

「で?なんの用ですか御当主」
「そうかしこまった呼び方をするな」
「はぁ」
「お前には来週からの俺に来る仕事の付き添いを頼む」
「まじですか」
「まじだ」
「外に出れるってことですか?」
「まぁ、そういうことだな」

謹慎は解けたという認識でいいのだろうか、と考えてしまう。わたしの考えていることが分かったらしい御当主――直毘人さんがくっくっと肩を震わせながら言い放った。

「禊期間は終わりだそうだぞ」
「案外早かったですね」
「あとは今後のお前の行い次第だな」
「……少しでも不利益になりそうなことをしたら、この屋敷の中に閉じ込められるわけですね」
「そういうことだ」
「肝に銘じておきます」
「そうしろ」

さっそくだが、と来週の御三家の集まりの会合に同伴するように言われた。会合に行ったところでなにもできないんですけど、と言葉を返せば、今後直毘人さんの周りをちょろちょろする予定なのだから、周知しておくことは大切なのだと告げられる。めんどくせぇ。

「付き添いで外には連れていくが、屋敷にいる間はお前のその味噌っかすみたいな影法術をなんとかしろよ」
「はぁい」
「最低でも五種類の式神は使えるようになれ。今のものだと使い勝手が悪すぎる」
「はいはい」

五種となるとあと三種は調伏しないといけないということだ。獏と管狐では確かに心もとないのは理解している。今の手持ちでは攻撃性としてはそこまで高くもないし。なるべく次は攻撃性の高いものを調伏する必要があるだろう。となると、雷獣か鬼熊あたりが妥当だろうか。どちらも一度は調伏を試みようとしたがうまくいかなかったものたちだ。どうやって調伏するか考える必要がある。

「伏黒恵はどうだった」
「元気でしたよ。クソ生意気ですけど」
「そういうことを聞いているわけじゃないとわかっているだろう」
「そうですね、呪霊は見えてるようでした」
「……そうか。そのうち術式は扱えるようになりそうか?」
「五条が取り込むくらいなんだから、おそらくそうなるんじゃないですか?それが禪院家相伝のものかはわかりませんけど。なんせ父親があの甚爾ですから」
「そうだな」

直毘人さんが少し考え込むような仕草をした。今後の恵の扱いについて考えているのだろう。わたしの勘が正しければ、恵は禪院家でも才能がある方だろう。下手したら相伝の術式が扱えるようになるかもしれない。そうなると、真依と恵で泥沼だ。それだけは避けたいところである。跡目争いなんかに恵は巻き込まれるべきではない。

「もう少し様子を見るか」
「えぇ、それが良いと思います」

自身が一番困る展開は避けられたようでほっと胸を撫でおろす。真希に呪力がないというのはとても厄介だ。真希に呪力があればもう少し状況は違っただろうが、現実は受け止めるしかないので仕方がない。真依と恵のどちらにも禪院家相伝の術式が顕現することを願うことしかできなかった。これで恵だけが禪院家相伝の術式を顕現させるようになってしまえば、状況は最悪だ。ひとまず五条に預けることができたので猶予はできたが、気を抜くことはできない。

なまえ、お前は自分がどういう立場か、今後どういう行動をしなければならないかわかっているな」
「はい」
「お前のやったことを許されている状況をよく理解して今後も禪院家のために生きろっていうのが上の言葉だ」
「…………はい」

一度家を出てしまったのに戻ることを許されている現状が、よっぽどのことであることは重々理解している。わたしの術式があるからこそ出戻ることを許されていただけだ。二度目はないし、このままここに骨を埋めろと言われていることと同義であることは気づいている。

「もう二度とこの家に歯向かわないと誓います」
「よし」

契りを交わして自分に見えない糸のようなものが絡まったような気がした。自分の首を自分で締めている自覚はあるが、これも恵と津美紀に平和に過ごしてほしいという些細な願いのなれの果てだ。彼らの幸せにそっと見えないところから手を貸せたら本望だと思う。わたしと甚爾がろくでもない生活をしたこの家にあの二人には近づいてほしくない。

「来週の会合は誰が来るんですか?」
「五条悟と加茂の当主だ」
「は、」

会合の詳細が気になって聞いたが、聞かなければよかったと後悔した。五条が来んのかよ。