抑え切れない情動の為に今日はある

会合の日だと聞いていた朝が来てしまった。どうやっても逃げることが許される状況ではないため、五条に任務が入って会合に来ないことを願うことしか自分にはできない。いっそ体調不良でもいいと思うから休んでほしいと思う。

なまえさん」
「真依、どうしたの?」

最後の抵抗として布団の上でうだうだとしていると、いつの間にかやってきていた真依に声をかけられる。大人としてダメな姿を見せてしまった。特に真依は気にしている様子はないけれど。真希といい真依といい恵といい、まだ小学生だろうにどいつもこいつもしっかりしていてやんなるね。

「今日から外に出るんですよね?これ、なまえさんの服だって」
「えー!普通に洋服で行こうとしてた……」
「これを着なさいってお達しですよ」
「へーへー」

真依が持ってきた衣類を受け取ると数種類の着物と三色の袴だった。まじか、これを着ろと。これ合わせてブーツ履いたら完全に大正ロマンじゃないか。ぜひとも拒否したい服装ではあるが、おそらく断るとまた面倒くさいことになるのは目に見えている。真依から着物と袴を受け取り、白藍に小ぶりな花柄の入った着物と黒の袴を組み合わせた。ほかの着物と袴は真依にお願いして箪笥にしまってもらう。

「着物と袴なんて久しぶりに着るわ」
「着方はわかりますか?」
「中学まではよく着てたから大丈夫だと思う。一応心配だから、着替えが終わったら真依に確認してもらいたいかな」
「わかりました」

高専に入るまでは制服か和服だったから着方はおそらく問題ない、はず。ばあやに耳に胼胝ができるほど教わったし。下着姿になり、昔教わった手順を思い出しながら着々と着物を身に纏う。袴もすんなりと着ることができた。やっぱり身に染みているのか案外着れるものだなぁ、と思う。

「どう?問題なさそう?」
「大丈夫そうですよ」

真依の前でくるり、と一周回って見せて、おかしいところがないか見てもらう。問題がなさそうなのであればよかった。髪の毛を束ねることを勧められたが、面倒くさいので断る。腰まで伸びた髪もそのうちどうにかしなければならないとは思っていた。いっそショートカットにでもするか。

「よかった。ありがとう、真依。直毘人さんは表門で待ってるんだよね?もう下がっていいよ」
「わかりました。いってらっしゃい、なまえさん」
「ありがとう。いってきます」

必要なものを鞄に入れて、真依に見送られながら離れの玄関で用意されていたブーツを履いて屋敷の表門に向かう。自分の服装が大正ロマンで確定してしまって笑いそうになった。だれだ、この服装セレクトしたやつ。
離れを出て久しぶりに屋敷内を闊歩しているからか、そこら中にいる人間の視線がうるさい。好奇の視線というのは、向けられている側からしたら存外わかりやすいのだ。本人たちは気づかれていると思っていないかもしれないが。うるさい視線を無視してすたすたと早歩きで表門に向かう。

「お待たせしました」
「おぅ、来たかなまえ
「そういえば会合場所ってどこなんですか?」
「ちと会合以外にも用があるから加茂家でさせ貰うことになってる」
「わかりました」
「まぁ、お前は黙って後ろに控えていればいい」
「はい」

表門を出るといつのまにか直毘人さんが手配していたらしい黒のロールスロイスが止まる。運転席から運転手が下りてきて後部座席の扉を開けられた。直毘人さんが先に入って、続いてわたしも車に乗り込む。運転手が運転席に戻り、緩やかに出発した。キャバレーの送りの車もそれなりにいい車だったし、運転もうまかったけれど、やっぱり禪院家当主のお付きの運転手だとそれの比じゃないと感じる。 
直毘人さんが隣で腕を組んで眠り、わたしも手持ち無沙汰なので携帯電話を弄っていた。ニュースサイトを見て俗世のことを知っておく。しかし加茂家に着くまでため息が止まらない。五条が来ませんように、五条が来ませんように、五条が来ませんように。代理の人が来ますように、と何度も念じる。
車に揺られること小一時間、気づけば加茂家に到着していた。直毘人さんより先に降りて、彼が出てくるのを待つ。ゆっくりとした動作で車から降りる姿は貫禄があり、さすがだなぁと思った。

「行くぞ、なまえ。気を引き締めろ」
「はい」

迎えに来ていた使用人に案内されるままに屋敷の中に入っていく。禪院家と同じくらい大きい屋敷に内心驚嘆した。でかいところはほんとでかいなぁ。物珍しく視線だけをきょろきょろと動かしていると、直毘人さんに視線で注意された。はいはい、大人しくしてますよ。
前を歩く使用人が一室の前で足を止めて、襖を開ける。中に入るように言われて、そのまま直毘人さんに続いて中に足を踏み入れると、すでに見慣れた白髪の男がいた。やっぱり代理が来ることはないらしい。当てが外れて思わず顔を歪めてしまう。

「待たせたな」
「大丈夫だ、お前たちもかけろ」
「失礼します」
「あっれーなまえじゃん。ついに戻ったのー?」
「加茂様、五条様、お久しぶりでございます」

先日も恵の件で会ったけれど、それを直毘人さんに気取られては困るので素知らぬふりをしてスルーする。加茂家の御当主に会うのはかなり久しぶりだったので挨拶をするのを忘れない。相変わらずお元気なようで安心した。

「今後は俺の補佐をすることになってな。一応挨拶で連れてきた」
「以後、皆様の前に姿を見せることも多いかと存じますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」

行儀良く頭を下げれば、加茂毛の御当主は気をよくしたのか笑みを浮かべる。五条は相変わらずなにを考えているのかわからない表情だ。挨拶が終われば、今日の用件はそれだけのようなので、下がるように言われた。先に車に戻るように言われたので、部屋の外に控えていた使用人にお願いして外まで案内してもらう。出る際に直毘人さんに一声かけた。

「では失礼致します。直毘人さん、外でお待ちしておりますね」
「あぁ、加茂との話し合いが終わり次第戻る」
「かしこまりました」

一礼をして外に出ると後ろにいやな気配を感じ、振り返る前に肩に誰かの手が触れる。

「じゃあ、僕もここらで失礼します。学校抜けてきてるんで戻らないと」
「わかった」
「彼女と一緒に失礼しまーす」

肩の手の主が誰かわかって振り向きざまにグーパンをしてやろうとすると、手を受け止められた。こういうところが本当に腹が立つ。

「まだ人の目があるんだから大人しくしたら?」
「ちっ」
「ほんとかわいくねぇ」
「うるせぇ」

直毘人さんたちに聞こえないように小声で言葉の応酬をする。前を歩く使用人には聞こえているかもしれないけれど。五条と二人で加茂家の屋敷内を歩いていく。さっさと解放されたいわ。ずっと後ろをキープする五条への鬱陶しさを感じているのを露わにしていると、おかしそうに喉を鳴らして後ろの人間が笑う。

「ここをまっすぐ行っていただきましたら表門になりますので」
「はい、ありがとうございます。助かりました」

案内をしてくれた使用人に礼を言って、それから言われた道を歩いていく。卸したてのブーツのせいで履き慣れなくて、若干足元がおぼつかない。さっきはしれっと直毘人さんにも凭れていたからなんとかなったけれど。さすがに五条には凭れかかりたくないし。

「はー、やっとなまえと話せる」
「わたしは特に話すことないんだけど」
「残念、僕にはあるんだな~」
「え~嫌~」

冗談めかして言われた言葉に冗談めかして返せば、興味を失ったような表情を浮かべられた。

「恵だけど、元気だよ。津美紀ちゃんと一緒に」
「……そう」

まぁ、五条に引き取られた時点でなにも心配はしていないけれど。彼らにとっていい方向に向かっているのであればよかった。

「しかし、なんで今更出戻り?」
「なんでもいいじゃん」
「恵のため?」
「――さて、どうでしょう」

本当に食えない男だと思う。どこまで知っていることやら。そもそも最初は恵の様子を見に行くように言われたが、正直あそこまでの回数は求められていなかった。最初に爺共に様子を見に行くように言われたのも、フリーで呪術師のような真似をしていることを見逃してやるという代償だ。あの頻度はわたしが甚爾に言われたことを思い出して勝手にやっていただけで。

「まぁ、なんでもいいけど。それを言いたかっただけだから」
「どーも」
「あとさ、その恰好……イメクラ?」
「ぶっ殺すぞ」

じゃ、僕高専に戻るから、なんて告げて一瞬で五条は姿を消した。……飛んだな。跡形も残っていない目の前の光景にため息をひとつ吐いて、それから車が停めてある駐車場へ向かって歩いていく。