昨日も遅くまで任務があり、家に着いたのは日付変更線が超えてからで。軽くシャワーだけ浴びて、寝る用意をして先に眠っている彼の邪魔にならないようにベッドに潜り込んだ。明日はオフのはずなので、惰眠をむさぼるぞ、と意気込んで眠った翌日の朝はスマートフォンがまぁまぁ早い時間からずっと震えていた。どこの誰だ、と思って画面を確認すると、野薔薇や真希たちと作った呪術高専所属の女子術師だけで構成されるメッセージアプリのグループが盛り上がっている。ベッドから起き上がらずにスマートフォンだけを手元に持ってきてスタンプが連打されている画面を見ると、最初までさかのぼるのがめんどくさいなぁ、と思った。隣の人間に配慮しつつスマートフォンを眺めていると野薔薇が新しいメッセージをいくつも送ってくる。
〝既読が増えたってことはなまえさん見てるんでしょ〟
〝はやく出てきて〟
〝伏黒から面白い話聞いたんだけど〟
〝返事がない。今日の夜、二十一時からいつもの店で女子会します。みんな強制参加でよろしく〟
返信せずに見ていると飲み会が開催されるということと酒の肴がわたしにされそうなことだけが読み取れた。これサボっちゃだめなのかな。だめか。野薔薇たち家まで押しかけてきそうだもんな……。
了解、と一言だけ返信をすると、追い打ちをかけるように野薔薇が再度メッセージを送ってくる。
〝逃げんじゃないわよ〟
怖いなぁ。というか先週の話がすでに筒抜けになっている野薔薇と恵の関係性を微笑ましく思うべきなのか、怒るべきなのかわからない。とりあえず余計なことを言ったことは把握したので、夜の間にいつのまにかわたしを抱きしめて寝ていたらしい目の前の原因の頬を抓った。よほど熟睡しているのか一向に起きる気配がないことにまた若干の苛立ちを覚える。
わたしはまだ恵からプロポーズっぽいものをされた話を誰にもしていない。だから、漏れるとしたらもう一人の当事者でしかなくて。五条に飲まされて吐かされたか、虎杖くんにぽろっとうっかり言ってしまったか。どっちだ。めちゃくちゃお酒が強いわけでもないんだからほどほどにしてほしい。
▽ ▽ ▽
「あー!なまえさん遅い!」
「ごめんごめん」
「なまえ、来たんだな」
「あれ?硝子先輩は?」
「あとから来るって」
「歌姫先輩までいるなんて珍しい」
「今日は出張でこっちに来てたのよ」
指定されていた渋谷にある女子会でよく使う個室居酒屋に行くと、既知の店員が皆さんすでにいらっしゃってますよ、と笑みを浮かべて、いつも通される奥の部屋に案内される。個室の扉を開けると野薔薇と真希と歌姫先輩の姿しか確認できなかった。一番奥のそこは他の部屋からも少し離れているので、少しくらいの秘密も話して問題ない。前に違う店でみんなで女子会をしたときは仕切りで区切られている個室で、隣のやかましい男性たちが会話に茶々を入れてきたものだ。そういうのが嫌で、いろいろ探した結果たどり着いたのがここだった。
とりあえず生で、とわたしと歌姫先輩がビールを注文し、野薔薇と真希はそれぞれコークハイとハイボールを注文する。硝子先輩の到着は待たずに先におっぱじめる手筈らしい。まじかぁ。
アルコールがやってくるまで少しあるので、おしぼりで手を拭いたりしながらメニューをぼんやりを見ていると、野薔薇がにやにやと笑っている。今日の標的は予想通りわたしで間違いないらしい。
「なまえ今日何もなかったのに来るの遅かったな」
「洗濯物とか溜まってたし、部屋の掃除とかしてたらなかなかね、終わらなくて。というか何もなかったのよく知ってんね」
「クソ親父が言ってた」
「直毘人さんも口が軽い」
「あらー?てっきり誰かさんもおやすみだったから二人でイチャイチャしてたのかと」
「野薔薇たちの学年ってほんと仲いいよね……」
少なくともわたしは建人にはいつが休みだなんて話はしないし、他愛のない会話すらあまりしない。たまにしてもおいしいカスクートを見つけたときに七海に教えてあげるくらいだ。そもそもお互いあまりメッセージアプリを使わない。任務で組むことがあっても面倒になってすぐ電話をしてしまう。そんな会話をしながら、お通しとアルコールが来るのを待ちわびていると、扉が開いた。仕事が終わったらしい硝子先輩が姿を見せる。
「ごめん、遅くなった」
「硝子先輩」
「家入さんお仕事お疲れ様ですー」
「みんなもお疲れ様」
「硝子も生でいい?」
「あ、入り口のところで伝えてきたから大丈夫です」
野薔薇と真希の向かい側に歌姫先輩とわたしが座っていたけれど、硝子先輩はわたしの隣に座った。……逃げられない布陣にされた気がする。真希か野薔薇の隣に座ってこの子達から潰すべきだったかもしれない。
また個室の戸が叩かれて、開けられるとお通しとアルコールを店員が持ってきた。机に並べられ、ついでにつまみやらサラダやらを適当に真希が注文する。店員がごゆっくりー、と常套句を述べた後個室を去っていった。
「じゃあ、今日も一日お疲れ様でした!」
かんぱーい、と野薔薇が取った音頭に合わせてグラスやジョッキをぶつけ合う。ジョッキのビールを半分くらい飲んで、口を離した。みんなの視線が一気に自分に集中したのが分かる。今日は解放されるの遅そうだなぁ。恵に連絡入れてないけどいいかな。意識を目の前から少し遠いところに飛ばしていると、中身を飲み干した空のグラスをだんっと音を立てて野薔薇が机に置いた。
「なにがっ不満なんですかっ!なまえさんは!」
「最初からフルスロットルだなお前」
「真希さんは黙ってて」
朝に連絡をもらっていた時点で見当は付けていたけれど、やっぱりこの話をするらしい。
「いや、不満はないけど」
「じゃあなんで伏黒のプロポーズに頷いてやってくれないんですかあぁ~」
「え、アンタプロポーズされたの」
「なにそれ初耳」
野薔薇の発言の反応から見るに、先輩方は知らなかったようで。真希は驚いていないからおそらく恵から誰かを経由して真希たちの学年には伝わってしまっているようだ。上下関係が仲良しなのはいいと思うけど、何もかも筒抜けなのはこういうとき面倒だと思う。
「よく考えてよ。わたしと野薔薇何歳差よ」
「十歳ちょっとくらいの年の差がなんですかぁ」
「アンタたちが生まれる頃にはこちとら中学生だっつーの」
「そんなことも分かった上で恵はプロポーズしたんじゃねぇの?」
「…………それは、まぁ、そうだろうけど」
なかなかに真希が鋭いことを言うので困る。まぁ、同棲し始めた時点で多分結婚するとは思われてたんだろうけど。
「なまえさんのひとでなしぃ~伏黒かわいそ~」
「まじで野薔薇出来上がりすぎじゃない?大丈夫?」
「で?なまえは正直なところどうなの?」
さらに追い込んできたのが硝子先輩で、歌姫先輩までこちらをじっと見ている。ううん、どう言葉にすればいいいものか。
「恵のことは好きですよ。まぁ、結婚もいつかはしてもいいかなぁ、と思わなくは、ない」
「じゃあ結婚したらいいじゃん。今相手がプロポーズしてくれてんのに」
歌姫先輩まで結婚を促してくるとは思わなかった。確かに結婚適齢期に入ってだいぶ過ぎてしまっているけれど。
「でも、まだできないです」
「なんで?」
「だって、真希にも野薔薇にも言えることだけど、皆まだ若いじゃん?もしかしたら、恵もこんなおばさんよりもっと年齢が近い子を好きになるかもしれない、と思うことの方が、多い」
その場の空気がとても重くなった。自分でもなかなかひどいことを言っている自覚はある。恵の気持ちとかを知ってる野薔薇たちからしたらわたしが人でなしだと思うのは仕方がない。でも、いろんな可能性を考えてしまう。真希がもし当主になれなかったら、わたしに火の粉が飛んでくるのは火を見るより明らかだ。そうなると、そのときに恵と結婚してしまっていた場合、彼まで巻き込んでしまう。もともと、恵のことを禪院家に取り込みたかった連中のことだから、自分たちの都合のいいように喜々として取り込もうとするのは明白で。まだ安心できないというのが実際のところなわけだ。可能性は低いけど、もしかしたら明日にでも老害たちに政略結婚に使われるということもなくはない。
「それは、あまりに伏黒がかわいそうですよ、なまえさん。あいつは、なまえさんのことがずっと、それこそ再会するまでの十数年間ずっと好きだったのに」
「わかってる」
昔はすっごい生意気だった恵に女性らしい扱いをされると嬉しくないわけじゃない。結婚できるくらい好きかと言われたら好きだ。でも、わたしという人間は禪院家の中で盤石な後ろ盾を持っていない。それが怖くて、現状でいいやと思ってしまう。
「…………わかりました。結婚するつもりがないわけじゃないみたいなので、今日は許します」
「なんで野薔薇の許しが要るのかわからないけど、ありがとう」
「さ!気を取り直して飲もう飲もう~」
「私、次大吟醸」
「みんなペース早くね?」