昨日の部活休憩中に谷地さんと清水が話しているのを聞いていると、どうやらさっきみょうじが一瞬顔を出したようだった。どうせならみんなと顔を合わせればよかったのに、と思った。みょうじは二年生になってどこか他人行儀になったように感じる。こっそり清水の手伝いをしているのは知っているけれど、絶対部員の前に姿を現そうとはしなかった。気まずさを感じているのだろうか。部長としてみょうじに何かしてやれることがないか、一度清水に聞いてみたけれど、みょうじのことはそっとしておいてあげて欲しいと言われて以来、俺が部長としてみょうじに何かしたことはなかった。新入部員が入って、これから団結して優勝を目指すぞってときにみょうじの欠席の頻度が部内になんとも言えない空気を漂わせていた。それでも、清水はみょうじは必ず戻ってくるって言ったし、武田先生もみょうじのことはもうしばらく待ってあげて欲しい、と言っていた。だから、俺は部長として先輩としてみょうじをただ待つことに決めている。――そう思っていたのに、
「え?」
「大地先輩、今までお世話になりました。もう退部届は武田先生に提出済みなので、今日付けで退部します」
「ちょっと待とう、みょうじ」
「今まで曖昧な態度ですみませんでした」
「ちょっと待て!!」
自分で思っていたよりも大きな声が出たと思う。周りがなんだなんだ、とこちらに野次馬根性よろしく視線を向けてくる。ここじゃ人目がありすぎる。スガが俺もついて行こうか?と言ってくれたけれど、ここは俺だけで話を聞いた方がいいと判断する。みょうじを連れてあまり人が通らない渡り廊下に向かった。昼休みにいきなり俺のところに来たかと思うと、お話があります、と穏やかに笑っていた。つれられるままに廊下に出ると、先程の会話だ。急に辞めるだなんて、そんな。
「さっきの話だけど、」
「退部します。今日付けで」
はっきりと退部を告げるみょうじの目に迷いはなかった。確固たる意思があるように感じる。
「理由を聞いてもいいか?」
「さっき言った通りです。あたしは部に曖昧な態度しか取れないから、これ以上迷惑かけるくらいなら辞めようと思いました」
「でも、みょうじが居たらすごく助かるって清水も言ってたぞ?」
「お言葉を返して申し訳ないですけど、今は谷地さんが居ます。あたしみたいな幽霊部員なんかが手伝いに行くより、谷地さんの存在のほうがよっぽど助かりますよね?」
ぐうの音も出なかった。確かに最近谷地さんが入ったことで清水も仕事は楽になったと言っていた。今後に繋がるとも。清水の仕事はこれから谷地さんが引き継いでいくんだろう。みょうじを引き留めようと思っても、上手い理由が思いつかない。
「西谷たちには言ったのか?」
「言ってませんし、言う必要もないと思っています」
「でもお前、ずっと一緒にやってきた仲間だろう?」
「あたしが辞めようと思ったの、西谷の言葉があるからです」
「西谷はなんて言ったんだ?」
「戻ってくる気がないなら辞めちまえって言われました。でも本当その通りだなって思います。あたしなんかが居たところで何の意味もない」
多分、西谷が言いたかったのはそういうことじゃない。みょうじに戻ってきて欲しくて言った言葉が、裏目に出ているように感じた。西谷とみょうじの間には見えない信頼関係みたいなものがあったから西谷も余計部活に来ないことを怒ったんだろう。
「西谷も本心でそんなこと言ったんじゃないと思うんだ」
「そうですね。……でもその言葉はあたしが現状について考えることになったきっかけであって、決定打ではありません」
みょうじの意思は固すぎて、俺なんかじゃその意思を変えさせることなんて出来ないんだなって思った。西谷も頑固だけどみょうじも負けず劣らずの頑固者だ。
「これからどうするんだ?」
「勉強とアルバイトでも頑張ります」
「戻ってくる気持ちは少しもないのか?」
そう言うと、みょうじの目が少しだけ揺れたのが分かった。もしかしたら、まだやめたくないのかもしれない。
「ないです。あたしは何の役にも立てませんから」
「今まで役に立ってくれてたじゃないか」
「今までとこれからは必ずしもイコールで結ばれませんよ」
みょうじは周りをよく見ているからかよく気が付く。去年だって、夏場は熱中症になりそうだった縁下や西谷にいち早く気付いて給水を取らせていたことを覚えている。他にもみょうじだからこそ出来たことがあるのに。
「それに、思っちゃったんです」
「ん?」
静かに感情なんて何も感じさせないと言わんばかりにみょうじが言う。
「もうここはあたしの居場所じゃないなって」
そう言って笑ったみょうじはとても悲しそうだった。何か言ってやらなきゃいけないのに、何も言ってやれなかった。それじゃあ失礼します、と用件を終わらせて俺に向けたみょうじの背中は寂しそうだった。