みょうじが退部届を出した翌日、俺たち二年生と三年生の先輩たちで朝練を少しだけ早く終わらせて、みょうじがいつも昇降口を通るくらいの時間に待ち構えていた。けれど、みょうじは姿を現さなかった。休み時間が終わる度に俺やノヤっさんが教室に顔を出すけれど、いつ見てもみょうじの席は空席のままだった。いつも移動教室のときにこっそりと見ていたみょうじの背中が見えないと、すこし物悲しい気持ちになった。部活に来なくても、教室をちらっと覗けばそこにみょうじはいたから、それで元気そうだなって勝手に見ていた。みょうじの背筋はいつもピン、と伸びていて、凛々しさみたいなものを感じる。隣のクラスの縁下が言うには、授業も休んでいるらしい。でも欠席の連絡はないから、先生たちも気にしているとも言っていた。こんなこと今までなかっただけに心配しているやつも多い。昼休みになり、大地さんから招集がかかった。現状を整理する。
「みょうじはまだ来ないのか?」
「ウス。もしかしたら体調不良で休んでるのかもしれないな、って先生たちは言ってるらしいッス」
みんなでどうしたものか、と悩んでいると、旭さんが提案した。
「じゃあ、今日の部活ミーティングだけだし、そのあとみょうじの家に行くっていうのは?」
「おお!旭ナイスアイディア!」
「ひげちょこにしてはやるじゃねぇか」
「お前らは俺を褒めたいの?けなしたいの?ねぇ?」
今日の分の自主練は明日やるということで、ミーティング後に俺たちはみょうじの家にいくことを決めた。成田たちは念のため日向たちが自主練するだろうから、部室の戸締りを申し出てくれた。結局、俺・ノヤっさん・潔子さん・スガさん・大地さん・旭さんで行くことになった。みょうじの場所はノヤっさんが知っていたのでありがたい。縁下が根回しして、みょうじへの今日のプリントも担任から預かってきた。(万が一、話しも聞いてもらえずに締め出されたときのことを想定しているらしい。)
部活をいつも以上に真剣に取り組んで、戸締りは成田たちに任せて一年生たちには帰ってもいいし、自主練していっても良いと告げて俺たちは学校から出た。みょうじの家は学校から歩いて二十分のところにある小さなアパートだった。ノヤっさんがみょうじの部屋のドアをノックする。返事はなかった。もしかしたら体調不良で出られない状況なのだろうか、もしくは中で倒れていたりするのではないだろうか。心配になった俺たちはドンドン、と何度かドアを叩いた。返事はまだない。騒がしくしていたからか、大家さんらしき人が迷惑そうな顔で出てきた。
「どうしたの、君たち。みょうじさんに用事?」
「あの、今日みょうじが休みだったんですけど、何か知りませんか?無断欠席するような子じゃないんですけど……」
「えっ?」
大家さんの質問に答えたのは大地さんで、大地さんの答えを聞いた途端、大家さんは焦ったようにスペアキーを取ってくるから待ってて!と慌てた様子で部屋に戻っていった。急に嫌な予感が、緊張感が俺たちの間に漂った。鍵を持って戻ってきた大家さんが鍵を開けながら説明する。
「昨日、怒鳴り声が聞こえたのよ。多分なまえちゃんのお母さんが帰ってきたんだと思うんだけど。しばらくしたら大きな音がドンって一回鳴って、そのあと途端に静かになったのよ。またしばらくしたらドアが閉まる音がしたから、てっきりなまえちゃんのお母さんがいつもみたいに暴れて、そのまま出て行ったと思ってたんだけど……」
ガチャリ、とあけられた鍵の音がやけに大きく聞こえた気がする。ノヤっさんと潔子さんが率先して中に入ると、ノヤっさんたちのみょうじの名前を大声で呼ぶのが聞こえた。他のみんなで急いで二人のあとを追うと、そこにいたのはいろんなところから血を流す、血まみれ状態で意識のないみょうじだった。大家さんは悲鳴を上げて、大地さんが急いで救急車に連絡をした。ノヤっさんも潔子も泣きながら大声でみょうじの名前を呼び続ける。スガさんは動転する二人をなだめながら、みょうじの脈や呼吸を確かめる。脈も動いているし、呼吸も辛うじてしていた。それを大地さんが電話越しに伝えて、応急処置方法を聞きながらみょうじに処置していく。旭さんと俺はノヤっさんと潔子さんを落ち着かせることしか出来ない。
どれくらいの時間がかかったのか分からない。五分だったかもしれないし、三十分だったかもしれない。外に救急車のサイレンの音が聞こえて、ノヤっさんが外に走り出る。旭さんもそのあとを追った。みょうじの顔を見ると血の気がなくて、今にも死んでしまうんじゃないかと恐怖を感じた。祈るように手を握りしめる潔子さんの横に寄り添うしか出来なかった。すぐに救急隊員はやってきて、みょうじは救急車に運ばれた。付き添いは潔子さんとノヤっさんが申し出た。俺たちは大家さんが警察にも通報したらしく、状況説明のために残ることになった。最後に見たみょうじの顔が頭にこびりついて離れない。いつも居る場所に居ないと思ったら、なんでこんなことになってんだよ。なんでこうなる前になにも言ってくれなかったんだよ。