目を覚ますと、すべてが終わっていた。最初に目に映ったのは病院特有の白い天井で、そのあとあたしの様子を窺いに来た看護師さんが目を覚ましたことに気付いて、医師を呼びに行った。先生があたしに現状を説明してくれる。五日間ほど眠っていたらしい。目が覚めて、今はまだ腹部のダメージが残っているからすぐに食事などは無理だけど、これから徐々に治っていくから焦らずに治していこう、と言われた。完治まではしばらくかかるのでゆっくり病院で生活をすることになるようだった。
「でも、奇跡的に臓器が損傷していなくてよかったよ」
刺さりどころがあと少し違えば確実に死んでいたよ、と先生は苦笑いを浮かべる。そうですか、と返事をすることしか出来なかった。先生との話が終わると、次は警察と児童相談所の人がやってきて話始める。要約するとおかあさんとあの男は捕まったらしい。今までのこともあるからすぐには出てこられないだろう、と言われた。どういう状況でああなったのかを詳細に聞かれた。あと元々殴られたりするようなこともあったのかも。そして最後にやってきたのは、老夫婦だった。その人たちは死んだおとうさんの親だという。おとうさんとおかあさんは駆け落ちして、それぞれの家から絶縁させていたらしい。今回のことがあり、あたしはおばあさんたちに引き取られることになった。戸籍もあたしの了承を得られたらすぐに移すつもりだ、と告げられる。
「孫がいるなんて知らなかったから、なまえちゃんがうちに来てくれたら嬉しいのだけど……」
「おばあさんたちのところに行って、あたし迷惑じゃないですか?」
「ちっとも迷惑なんかじゃないわ」
「子どもはそんなこと気にせんと何も考えずにうちに来たらええんじゃ」
おじいさんたちは迷いなくはっきりと言い切った。そんな風に言って貰えるなら、甘えてもいいかな。もう何かについて考えるのも疲れちゃったし。
「ただね、」
おばあさんから告げられた言葉に頭が真っ白になって、返事については少しだけ待ってもらうことにした。
あたしのお母さんは元々あんな人ではなかったって言ったらいろんな人が驚くだろう。昔はあたしを育てるために必死にパートに出てくれてたし、たまに夜の仕事をしていたことも知っていた。お父さんが居た頃の記憶はあたしの中にあまり残っていないけれど、お母さんがお父さんの話をするときにとても幸せそうだったことを覚えている。お父さんは交通事故で亡くなったと聞いている。あたしが未熟児として生まれてすぐだったから入院していたらしい。だからあたしの存在が親族にばれなかった、とお母さんは言っていた。いつもあたしにはなまえだけだよ、って言って頑張っていたお母さんがだいすきだった。あたしはなるべくいい子でいよう、いい子でいようって自分に言い聞かせて、学校の勉強も頑張った。お母さんが変わってしまったのは、あたしのせいだった。高校生になって、烏野高校はアルバイトがOKだったので部活に慣れて余裕が出てきたときにアルバイトをしたいとお母さんに告げた。あたしは部費もあるし、お母さんばっかり働かせて申し訳ないから、少しでも家計の足しになればと思って言ったけれど、お母さんはそう捉えなかった。あんたまでお母さんのこといらないって言うの!?と怒鳴り散らして、軽く首を絞められた。後から考えると、このときのお母さんはあたしがアルバイトをする=もうお母さんの存在は必要じゃないって解釈したみたいだった。そこからお母さんは壊れてしまった。家にお金を入れなくなって、家に帰ってこなくなって、あたしの生活は一気に苦しくなった。頑張っていたらお母さんが元に戻るかも、なんて希望を抱いて頑張っていたけれど、それも無駄だったんだなって今になると思う。これはもうあたしの罰なんだって。
ボーっと考え事をしながら過ごしていると、潔子先輩と谷地さんがお見舞いに来てくれた。部活で忙しいだろうに、申し訳ない。それに、あたしはもうバレー部所属じゃない。あそこに戻れるとは思っていない。
「身体の調子はどう?」
「すごぶる元気ですよ~。退院まではしばらくかかるみたいですけど」
「あっ!あのっ、これバレー部のみなさんからです!!」
谷地さんが差し出してくれたのは色紙だった。それぞれらしいメッセージが書かれていて目が熱くなった。もうすぐ予選もあるだろうに。あたしなんかのために気を使わせて申し訳ない。
「ありがとう。谷地さんマネージャーにはなれた?」
「はっ!はひっ!まだまだ若輩者でありますので…ッ!」
「頑張ってね」
「?あ、ありがとうございます」
あたしは今ちゃんと笑えているだろうか。上手く誤魔化せているだろうか、と考えていたら潔子先輩があたしの顔を凝視していた。潔子先輩も騙されてくれないからいやだなぁ。
「なまえ、私が谷地さんを誘ったのはなまえの代わりなんかじゃないよ」
「潔子先輩、」
「いつなまえが戻ってこられるかわからなかったから、せめて私がやっていることを谷地さんに教えておけばなまえが戻って来たとき、一人になるよりはいいと思った。だから誘ったの。……なまえはあそこに居ていいんだよ。要らなくなんてない、居て貰わなきゃ困る」
「でも、」
「あっ!あの!私なんかがいうことじゃないと思うんですけど、みんなみょうじ先輩の帰りを待ってます……っ!」
「谷地さん」
二人の言葉に嬉しさを感じる。でも自分の喉に何かが引っ掛かっているようにも感じる。言葉に出すと声が震えてしまいそうで。でも黙ったままじゃダメだ。
「あた、し…あそこに、居てもいいんですか……?」
潔子先輩は困ったように笑って、谷地さんは慌てている。
「居てほしいって言ってるのよ」
「私も早くみょうじ先輩と一緒にマネージャーやりたいです!」
その言葉だけで救われた。あたしはどうしようもない人間だけど、それでも必要だと言ってくれる人がいる。他の人からしたらそんなこと、って思われるかもしれないけれど、あたしにはこれ以上ないくらいの言葉だ。感謝してもしきれない。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、馬鹿ねって泣きながら潔子先輩に小突かれた。それすらも幸せだと思う。考えなきゃいけないことはたくさんあるけれど、今だけはこの幸せに浸りたい。もう少しだけ頑張ろう。たとえ、きちんと元に戻れなくても。