背を向ける人

いつ学校に戻るのか、その問いにはっきりと答えることができなかった。だって、秘密にしていることがまだあるから。ちゃんと返事をしないあたしに不思議そうな表情を浮かべる西谷たちにどうやって誤魔化そう、という思考が働く。田中がこの微妙な空気を何とかしようとして、話題を出してくれる。

「そういえば、みょうじはテスト受けたのか?」
「あ、あぁ、さっきまで受けてたよ」
「またみょうじのことだから成績いいんだろうねぇ」
「いやぁ、今度はさすが無理だと思うよ」

テストの話でその場を持たせようとしている田中と縁下に申し訳ない。こういう話題をしても、西谷の視線はあたしをじっと観察するように動かない。成田や木下にもテストの話題を振ってなんとか誤魔化そうとする。みんな赤点は無事回避できそうなようで安心した。うん、あたしが教えなくても、もう大丈夫そうだね。

「西谷もテストは大丈夫そう?」
なまえ、お前なに隠してる?」

自分の表情筋が固まったのが分かった。だから西谷はいやなんだ。絶対にあたしの誤魔化しを見逃してくれない。誤魔化しの中身を知るまでは梃子でも動かないだろう。

「どうして?」
「ただのカンだ!それに、さっきの質問の答えもらってねぇ」

本当にこの人はあたしのことをよく見ている。観念したようにため息をついた。さて、どうやって誤魔化そう。きっと本当の理由を言ってしまうと西谷は怒り狂うだろうから。折角今年の烏野は優勝を狙えるチームなんだから、あたしみたいな些細な人間のことなんて気にかけないでほしいのに。

「当分先みたいなんだよね、学校戻るの」
「?なんでだよ」
「まず退院しなきゃいけないし、怪我治ってもやること多いし。言ってないよね?あたし死んだお父さんのおじいさんとおばあさんに引き取られることになったの」
「そうなのか……」
「だから、退院できても引越しの準備とかもあるし、遅れてる勉強も取り戻したいし。そういう訳で、すぐには学校には戻れそうにないかな……」
「でも部活見に来るくらいはできるだろ!」

これで納得したかな、って思っても西谷はなかなか引き下がってくれない。どうしてそんなにあたしに戻ってきてほしいのかわからない。潔子先輩たちは戻ってきてって言ってくれたことはすごく嬉しかったけど、退部届を出してしまっている身だし、潔子先輩と谷地さんの二人が居ればそれでいいと思う。それに、もう戻れないかもしれない。こうなったら現実を突き付けるしかないのかな。

「退部届出したのに?」
「あの退部届、受理されてないよ」

静かにそう言ったのは縁下だった。どうして、受理されてないの。あたしは確かに武田先生に提出したし、辞める意思は伝えた。続けて田中から補足が入る。

「なんで?って顔してるな。みんなで頼みこんで武ちゃんに受理するのは待ってもらってるんだよ。だから、お前はまだバレーボール部の部員なんだよ」

頭を鈍器で殴られたような気持ちだ。現実は上手くいかないことが多くてつらくなっちゃう。あたしはもうバレー部とは無関係だって、なにもあたしの手元には残ってないってそう思いたいのに。どうして繋ぎとめるの。もう何も考えたくないの。何もかもが辛くて、煩わしくて、何も考えたくないの。解放されたいんだよ、あたしは。

「だから、戻ってこい!」

あたしが戻ってくることを微塵も疑ってない、いくつもの視線が心臓を刺したような気がした。