西谷が来た次の日、おじいさんとおばあさんはお昼からやってきた。何度も何度も来てもらって申し訳ない気持ちになる。おじいさんたちの家からこの病院も近いわけじゃないだろうに。下着などをおばあさんが洗濯したものと交換してくれる。おじいさんは何冊かの本を持ってきてくれた。教科書以外の本なんて読書感想文以外にちゃんと読んだことがないから新鮮だ。おじいさんの選んでくる本は結構謀略物が多くて読み応えがある。おばあさんたちと今後のいろいろな話をしていく。いつもは流されるままだけど、今日はきちんと自分の言いたいことを言うんだ、と意思を固める。
「なまえちゃん、昨日の話なんだけど」
「おばあさん、あたしからも話があります」
「なあに?」
「あたし、白鳥沢の編入試験は受けません。烏野に居たいんです。部活にも復帰して、全国を目指すみんなを支えたい。だから、烏野で部活を続けさせてください。成績を落とすなって言うなら落としません。一番を取れって言うなら取り続けます。お願いします」
わずかな沈黙が病室に走る。小さく聞こえたのはため息だった。頭を下げているから、おじいさんのものかおばあさんのものか分からなかった。やっぱりこんな意見通らないよね。でも、頑張るって決めたから。あそこに戻りたいって思うから。どうか、
「やっと“我侭”を言ったな」
「え、」
「白鳥沢の編入試験はなしね。分かったわ」
おじいさんとおばあさんの反応に拍子抜けた。あっさりと受け入れられて自分でもどうしていいのか分からない。困惑していると、おじいさんもおばあさんも笑っている。いったい何がどうなってるの。
「白鳥沢はね、あくまでこちらの提案なだけだから。なまえちゃんが受けたくなければ受けないでいいわ。烏野まで家が少し遠いのが気になるけれど、それはまた追々考えましょう」
「お前はわしらと出会ってから、ずっと感情を押し込んでいるようだったからな。本音を聞けて安心したわい」
「ふたりとも……」
おばあさんはあたしに近寄ってきて、頭を優しく何度も何度も撫でてくれた。
「何もね、今すぐ家族になりましょうって言ってるわけじゃないの。なまえちゃんにとって私たちは赤の他人に代わりはないから。でも、これから家族になっていければいいな、と思うわ。これからはわがままを言ってもいいの。やりたいことをやっていいの。勉強だって、そりゃあ成績はいい方がいいけれど、無理に一番を取らなくてもいいのよ」
「おばあさん……」
「部活の顧問の先生にお聞きしたわ。本当は部活に行きたかったのに、それも叶わなかったって。だから、これからはなまえちゃんがしたいことを目一杯やっていいのよ」
「でも、部費とか、」
「子どもはそんなこと気にせんでいい。お金はわしらがなんとかしてやる」
力強く言われた言葉にほっとしたのか、涙が出てきた。この人たちは本当にあたしと家族になろうとしてるんだって感じた。甘え方なんて忘れてしまったけれど、針の筵にいた感覚がどんどん消えていくのが分かる。
「あたし、部活行きたい。次の合宿は行けなくても、その次の合宿は行きたい。ちゃんと部活に参加したい」
「そのためにはまず怪我をちゃんと治さないとね。手続き等はこちらでしておくわ」
「ありがとう、おばあちゃん」
今まで呼ぶことになんとなく躊躇していた単語がすんなり口から出てきた。おばあちゃんの驚いた表情を初めて見て、それから嬉しそうに笑ってた。おじいちゃんも小さく笑っていて。わずかな幸せを感じた。
「でも、勉強も疎かにするんじゃないぞ」
「うん、頑張る」
「じゃあ私たちは戻りますね」
「ありがとう」
「ゆっくり休むのよ」
「はい」
おじいさんたちを見送って、さっそく携帯電話を手に取る。西谷に報告のメールを入れた。西谷だけに送ったはずなのに、バレー部のみんなからメールが来て、どれもこれもお祝いの言葉や無理をしないように、ちゃんと休めよという言葉ばかりだった。そしてみんな最後には、待ってるからと締められていて。一度涙の引いた目がまた熱くなってきたのが分かった。胸が温かさでいっぱいだ。
あたしは、このたった一つのちっぽけな願いが叶う瞬間をずっと待っていたのかもしれない。