しらないふりをしている

――夢を見る。昔からよく見る夢だ。目の前には自分と同い年くらいの女の子と少し年上の男の子が居て、二人とも泣きそうな顔をしてわたしを見ている。わたしは泣きながら目の前の人たちに何か言って。そしてそこで一度暗転。次に父が目の前に現れて悲しそうな顔をしながらわたしの目を手で覆って耳元でなにかささやかれた。そして再びの暗転。

そこでいつも目が覚める。

ベッドから起き上がると外は雨だった。ベッド横のテーブルにおいてあるネックレスを首にかけた。少し重さのあるそれは、父に渡されたものだ。その父も仕事が忙しいのか、たまにしか家に帰ってこない。会えるのはほんの数時間だけどそれでも嬉しかった。制服に着替えてカバンを手に持ちリビングに下りると、久しぶりの父の姿があった。

「お父さん!」
「やぁ、なまえ。元気にしてたかい?」
「うん。元気だよ」
「そうか、変わったこととかもないかな?」
「?ないよ?」
「そうか、ならいいんだ」

二人で食卓について、母のご飯を食べながら父との会話を楽しむ。前に会ったのはもう二ヶ月も前だ。最近学校であったことや友達に彼氏ができた話など、さまざまな話をした。
そうしているうちに学校に行く時間になってしまった。早く家を出ないといい加減遅刻になってしまう。でも、久しぶりに父に会えたのが嬉しい、もっと話したいという気持ちを押さえ込んで学校に向かう準備をする。玄関で靴を履こうとしたところで、父に呼び止められた。

なまえ、お守りは今日も持ってるかい?」
「うん、毎日持ってるよ。お父さんと約束したもの」
「そうか。肌身離さず持っておくんだよ。いざというとき、お前を守ってくれるからね」
「はーい」
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」

家を出て学校まで続く道を歩いていると、横断歩道が視界に入る。ここを渡ればもう信号もないから赤になる前に渡ってしまいたい。ここの信号赤になるとなかなか青にならないし。
信号が点滅し始めて、走って横断歩道を渡る。渡りきったところで男の人とすれ違った。いつもならすれ違う人とかそんな気にならないのに、その人が目に付いたのはなぜだろうか。どこか見覚えがあるような気もするけれど、記憶にはない。気のせいだろうけど、その男の人の隣に差し掛かったとき、何か聞こえたような気がした。
時計を見ると朝礼の時間まであと五分。急がなければ遅刻になってしまう。父ともっと話して居たかったけれど、あれ以上話さなくてよかった。さすがに遅刻はまずい。今のところ無遅刻無欠席だから、どうせなら今年一年くらいは貫きたい。

出席確認にはなんとか間に合った。珍しく遅刻しそうだったからか、烏丸くんと時枝くんに驚かれはしたけれど。遅刻にならなかったからよかった。お昼ご飯は彼氏が委員会で一緒に食べられないから、と友達が戻ってきてくれた。よかった。やっぱりたまには一緒に食べたいよね。
友達とご飯を終え、お菓子を食べていると烏丸くんに声をかけられた。

みょうじ、これありがとうって佐鳥が」

手に持っていたのは数学のノートで。そうだ、佐鳥くんに貸していたんだった。すっかり忘れていた。

「ありがとう。佐鳥くん今日も任務?」
「らしい。広報活動も大変だよな」
「そうだよね~テレビつけてたら佐鳥くんの顔結構見るよ」
「そうなのか」

烏丸くんはテレビ見ないの?って聞くと学校終わったら任務かバイトだからって。ボーダーってみんなから話を聞けば聞くほど大変そうだなぁ。

「烏丸くんは今日は早退しないの?」
「今日は学校終わってからのシフトだから大丈夫」
「そうなんだ」

学校終わってから同じチームの先輩を迎えに行くのが面倒だけど、とぼそっと言っているのが聞こえてしまった。聞いてしまってよかったのだろうか。

全部の授業が終わって、掃除当番も終わってあとは帰るだけになった。烏丸くんと話しながら下駄箱で靴を履き替えて、校門に向かうとがっしりした体型の男の人がいて、みんなの視線が集まっている。誰かの保護者かな?とか考えていると、烏丸くんが隣で声を上げた。

「レイジさん」
「おう、京介。学校お疲れ様」
「迎えに来てくれたんすか?」
「授業が急に休講になってな。ついでに小南も迎えに行ってきておいた」

二人の会話に耳を傾けながら、この場を何も言わずに去っていいものか悩む。感じ悪いかなぁ。と考えていると、女の子の声が聞こえた。

「とりまる!レイジさん!いつまで待たせんの……よ、」

かわいい人が姿を見せたと思ったら、その女の子はわたしを見て大きく目を見開いていた。なぜそんな表情を浮かべられているか分からないけれど、とりあえず会釈だけしておいた。烏丸くんもレイジさん?とやらも女の子の反応からわたしの方を見る。今がこの場を去るチャンスかな。

「あ、あー、じゃあ、烏丸くん、また明日」
「お、おう」
「アンタ!」
「はい!?」

その場を去ろうと烏丸くんに声をかけたところで女の子に呼び止められる。烏丸くんが小南先輩みょうじと知り合いですか?なんていうけれど、わたしにはこれっぽっちも身に覚えがない。申し訳ない。もしかしたらわたしが忘れているだけかも?と思って恐る恐る女の子に聞く。

「ど、どこかで、お会いしましたっけ?」
「……ッ、違うわ。人違いみたい。ごめんなさいね」
「は、はぁ」

今度こそその場を去ろうとすると、小南先輩と呼ばれたその人はわたしを見て少し悲しそうに笑って、

「ねぇ、学校は楽しい?」
「?はい!烏丸くんも仲良くしてくれてるしとても楽しいです!」

笑顔で小南先輩にそう告げると、ほっとしたように息をついた。

「そう。呼び止めてごめんなさい。またね」
「?はい、さようなら」

三人に挨拶をしてようやくその場を去ることができた。一人になった帰り道でさっきの出来事を思い返す。小南先輩、初対面のはずなのにどこか見覚えがあるような気がしたのはなんでだろう。わたしは深く考えるのをやめ、家に向かって足を進めた。