久しぶりにやってきた玉狛支部はリフォームされたのかそれはそれは綺麗なものになっていた。基地の周りを囲む川の音に浄化されたような気持ちになる。玄関まで歩いてチャイムを鳴らすと中からカピバラらしきものに乗った小さな男の子が現れた。
「だれだね?きみは」
「えっと、、君はここの子?ほかに人いない?」
「しんいりか……」
「コラーッ!陽太郎!今日はお客さんが来るって言ったでしょ!」
奥から同年代っぽい眼鏡の女の子が出てきたかと思うと、目の前の小さな男の子を叱る。うん、どちらもわからない。知り合いが来てくれないかなぁ、なんて考えていると、後ろから桐絵と烏丸くんとレイジさんがやってきたのが分かった。あたしの姿を見つけるなり、桐絵の表情も感情も明るくなる。
「なまえ!もう来てたのね。中に入りなさいよ」
「いや、入ろうと思ったんだけど、」
この子がいるから入るには入れなくて、と陽太郎と呼ばれた男の子を指差すと桐絵の怒りの感情が大きくなったのがわかった。
「陽太郎あんた!なまえが来るから入れてあげなさいって言ってあったでしょ!」
「しんにゅうしゃじゃないかたしかめていただけだ」
「このガキ……っ」
陽太郎くんの頭をぐりぐりとする桐絵を眺めながら、入っていいのだろうか、と迷っていると、レイジさんから中に入るように促される。おじゃましまーす、と声をかけて入るとリビングに通された。中はこんな風になってたんだ。眼鏡の女の子(宇佐美先輩と言うらしい。一歳も年上だった)がお茶を出してくれたので、ソファーに腰掛けてありがたくお茶をいただく。一息つくと、桐絵が切り出した。
「もう少ししたらボスが帰ってくるから」
「忙しいなら今日じゃなくてもよかったのに」
「だめよ、あんた今一応玉狛支部所属にはなってるけど、籍しか残ってないのよ」
「むしろ籍を残してくれたことに驚いた」
桐絵といつもの調子で応酬していると、レイジさんも加わってくる。
「お前の今後の立場をどうするか上層部で話し合っているんだろう。まぁ、このまま玉狛での復帰だとは思うが」
「今更本部復帰とか言われても困るんだけど……知り合いいないし」
「それもそうよね、あんた誰までならわかるの?」
「え、全く分かんない。だってあたし今のボーダー出来た頃にはいなかったもん」
「そういえばそうだな」
あの、と今まで黙っていた烏丸くんがあたしたちの会話に入ってきた。
「みょうじってボーダーだったんすか?」
「あ、とりまるなまえと知り合いだったわね」
「クラスメイトだよ」
「三人の話聞いててもさっぱりなんですけど」
烏丸くんから困惑している感情が伝わってくる。そりゃぽっと出の人間が古くからいる人たちと仲良かったら困惑するか。しかも今まで学校では一般人だったわけだし。
「簡単に言うと、旧ボーダー時代からボーダーにはいたよ」
「え、でも今のボーダーにはいなかったよね?名簿でも名前見たことなかったし」
宇佐美先輩が会話に加わってきた。
「あたし、逃げ出したんです」
そう言うと、宇佐美先輩も烏丸くんも静かになって、桐絵とレイジさんはあたしから視線を外した。
桐絵と一緒のタイミングで旧ボーダーに入ったこと。自分がサイドエフェクト持ちなこと。四年前の侵攻で多くの人がなくなり、その人たちの悲しみの感情に引きずられすぎて精神的に参ってしまったこと。城戸さんたちに頼み込み、記憶操作をしてもらって一般人になったこと。全部を話した。
「全部思い出しちゃったんで。もう逃げられないなって」
「なまえ」
桐絵があたしを居た堪れなく思ってるのがわかる。
「でも、やっぱり少しはあの頃より大人になったので。自分の感情と他人の感情を切り分けられるくらいには」
昔は幼すぎて自分の感情なのか他人から伝わってきた感情なのか訳が分からなくなってたから。それに、
「やっぱり桐絵たちのことは大好きだし、あたしが役に立つならみんなと一緒に戦いたいなって」
目覚めたとわかってすぐは絶望を味わったけれど、もう逃げられないって知っていたし、自分が思っていたよりも起きたことに対して傷ついてはいなかった。これが成長したってことなんだと思う。
桐絵が唐突に立ち上がったかと思うとぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
「戻ってきてくれてありがとう」
「こちらこそ、待っててくれて、ありがとう」
二人で笑いあっていると、玄関から林藤さんの声と迅の声が聞こえた。二人ともまっすぐリビングにやってきたようで、あたしの姿を見るなり迅は泣きそうになっていて、林藤さんは笑っていた。そのままリビングで悪いけど、って言いながら林藤さんは今回の論功行賞の話をした。
桐絵は一級、烏丸くんとレイジさんは二級の戦功を与えられる。そして最後にあたしの話になった。
「なまえのことだが、昨日付けで玉狛支部に復帰したことになってる。んで、戦功としては一級。戦功とか実力のこともあって、復帰って形だし、B級から個人ランクは始めることになった。本部に行ったらランク戦も参加できるぞ」
まぁ、お前の実力ならすぐにA級に上がれるとは思うが、と付け足される。話を聞いていても一部ちんぷんかんぷんなところもある。
「あの、聞いてもいいかな?」
「なによ」
「個人ランク戦って何……」
桐絵がそうよね、あんたが辞めたときってC級とかB級とかの級しかなかったものね……。呆れている桐絵の代わりに烏丸くんが説明してくれた。なるほど。みんなそれぞれ訓練とかで貯めたポイントを持っていて、それを奪い合うのね。
「楽しそうなことしてたんだね」
「ま、なまえならすぐ上に上がれるでしょ。ついでに出水のやつ負かしてきなさいよ」
「イズミ?誰それ」
「A級一位の隊の射手だな。力技でバンバン攻撃するスタイルの人間だ。お前の戦闘スタイルに似てるかもしれん」
「ふーん、レイジさんがそこまで言うなら今度戦ってみようかな」
本部の射手がどんな感じなのか気になるし、今度本部に行ってみよう、とか考えていると林藤さんに声をかけられる。
「今のボーダーは苦しいことばかりじゃないからな」
「……うん、」
「楽しめばいいさ」
「うん」
暖かい感情が伝わってくる。みんながあたしを受け入れてくれる現実が優しくて嬉しい。
「改めて、これからよろしくお願いします」
現実と向き合っていかなきゃ。負けないように、少しずつ大人になっていこう。
fin.