※名前変換無しです
三門第一高校からボーダーの本部基地のちょうど中間あたりに位置している、チェーン展開されているコーヒーショップに行くのが、笹森の週に二度の楽しみだった。きっかけは真新しいものが好きな佐鳥に誘われて、通い始めただけだったが。だいたい佐鳥が季節もののフラペチーノを頼むので、笹森も同じものを頼むことが多い。甘いものは嫌いではないし、なんなら学校終わりの疲労した身体に糖分は沁みる。自分の隊の隊長である諏訪にこの話をすると、甘いものが美味しいと思える間に楽しんどけ、なんて笑われた。やっぱり諏訪は大人だなぁ、なんてことを思ったのは黙っておく。
自由の女神を髣髴とさせるコーヒーショップでフラペチーノばかり頼んでいた笹森に変化が訪れたのは、彼女を見かけてからだ。所詮男子高校生なので、気になる女の子のまえで背伸びもしたいし、格好も付けたい年頃でもある。
彼女を認識したのは、佐鳥といつものように新しい季節もののフラペチーノが発売された翌週に、いつものコーヒーショップに行ったときのことだった。見慣れない店員がいるな、と思って目で追っていると、いつも見るチーフらしい店員につきっきりで仕事を教わっている姿が目に留まる。こういう店だからきっと年上だろうと当たりを勝手につけた。前に佐鳥がこういう店のアルバイトは大学生以上が多い、と言っていたのを覚えている。
見慣れた店員がレジで客を捌いて自分たちの番が回ってくるタイミングで、さきほど目に留まった彼女がレジを交代した。佐鳥はいつもの調子で季節もののフラペチーノを頼んでいる。緊張した様子を隠す余裕もなく、震えた声で注文を復唱して慎重にレジを操作して金額を表示させていた。応援するような気持ちで眺めていると、自分の番が来たことに気づくことができなくて、佐鳥に声をかけられる。
「日佐人頼まないの?」
「あ、頼む頼む」
レジに一歩近付いて目の前の彼女の視界に自分が入った。彼女の緊張が笹森に伝染したかのように、笹森の心臓の音が早くなった気がする。
「ごっ、ご注文はっ」
「ほ、本日のコーヒーのホットで」
「本日のコーヒーのホットですね、かしこまりましたっ」
当たり前のことを言っただけなのに、へらり、と笑った彼女の表情が自分の胸にとす、っとなにかが刺さったのが分かる。サイズをどうするのか聞かれて、無難にショートを選んでおいた。会計を終えてカウンターで注文したコーヒーを受け取る。温かいカップを掴んでいる指の温度がじんわりと上がった。普段あまり飲まないのに、なんで頼んでしまったんだろう、と自問自答してしまう。
先に席についている佐鳥の元に向かって彼の隣の席に腰を下ろす。
「あれ、日佐人。今日はフラペチーノじゃないじゃん」
「この間も飲んだしいいかなって」
「ふーん」
なにか言いた気な視線を向けてくる佐鳥には反応を示さず、そのままコーヒーを口に運んだ。普段あまり飲まないので、慣れない苦みとわずかな酸味で一瞬眉を顰めてしまう。
「苦かった?」
「んー」
「砂糖とミルク取ってくる?」
「大丈夫。飲めなくはない」
諏訪も堤もよく作戦室でコーヒーを飲んでいるから、笹森も飲む機会は多い。そのときは気を遣ってもらって、ガムシロップひとつとコーヒーフレッシュをひとつ入れてもらっているけれど。飲めないはずはないのだ。諏訪たちは美味しい美味しい、とあれだけ飲んでいるのだから。
うー、と呻きそうになるのをなんとか我慢してちびちびと飲んでいく。隣の佐鳥は笹森も飲んだ先日のフラペチーノが余程気に入ったようで、ずごごご、と勢いよく飲み切っていた。自分もフラペチーノにすればよかっただろうか、と少しばかりの後悔が頭に浮かぶ。
さきほどの店員の彼女がレジから店内の業務に移行したようで、ゴミを回収している姿が目に入った。気のせいかもしれないけれど、笹森は自分の頬に熱が集まったような感覚がした。いやいや、そんなまさか、と脳内に浮かんだ可能性を否定しておいた。
防衛任務をこなしてから、次のB級ランク戦に備えて、作戦会議を諏訪と堤と小佐野としていたとき、次の試合の方向性や策が決まったところで一息入れるか、と諏訪が言う。飲み物買って来ますよ、と笹森が立ち上がろうとすると、堤が今日は俺が行くよ、なんていうので立たずに終わってしまった。堤が作戦室の外に出て行き近くの自販機まで少し距離があることを思うと、時間がかかるだろう。その隙にごちゃごちゃしているテーブルとソファを片付けることにした。
ごちゃついていたテーブル周辺を粗方片付けて、堤が戻ってくるまで手持ち無沙汰だな、と思って、小説を読む諏訪に話しかける。
「かっこいい男ってどういう人ですかね……」
「ンだよ、急にどうした日佐人」
「いや、別に……」
諏訪からの反応に上手く答えられなかったところで、堤が人数分の飲み物を買って戻ってきた。笹森はいつも飲んでいる炭酸飲料を手渡される。
小佐野はレモンティーで諏訪と堤はブラックだ。いなかった堤がなんの話をしていたのか、と言うので先ほど諏訪にした話題をもう一度告げる。
「あれか、恋か」
「堤さん!?」
ブーッと炭酸飲料を吹き出しそうになったのを無理に堪えたので、気管に飲み物が入って咽た。ゴホゴホと咳をしていると、小佐野が背中をさすってくれる。あからさまに態度に出してしまったことで、質問の真意に感づいた諏訪がにやにやとした笑みを笹森に向けた。
「は~ん? 日佐人くん、そういうことなら最初からはっきり言えよ」
「諏訪さん悪い顔してますよ」
「もともとだわ」
「食堂で女子たちがブラックコーヒーとか飲めるやつはかっこいいと思う、みたいなのは聞いたことあるけどな」
おちょくってくるだけで意見を言わない諏訪と違って堤は具体的な案を示してくれた。やっぱりあのときコーヒーを選んだのは間違いじゃなかったのかもしれない。
「ほんとですか!」
「まぁ、大学で小耳に挟んだ程度の話だけど」
実際に聞いた話であれば、ある程度信憑性もあるだろう。先日の自分の行動が間違えていなかったことに安堵した。結局、事の顛末を三人に説明して、今後どうしたらいいですかね、なんて嘆く。諏訪がすこし考えるように視線を右上に泳がせてから、あ、と声を上げた。
「何言ってんだ、日佐人。ここに女子代表がいるだろうが。な、おサノ」
「しらん。もう覚悟決めて直接連絡先聞いてきな」
棒付きの飴を口に含んだまま小佐野に素っ気ない返答をされた。その勇気がないからこういう状況になってるんですが、なんて内心で思う。笹森の片思い成就作戦――諏訪命名――は、次あの人に話せるタイミングがあれば連絡先を聞くように、ということになった。進捗があれば逐一報告するように、とも言われて、笹森は自分で楽しまれているのを察してしまったが、情けなく笑うくらいしかできない。実際に連絡先が聞けるのかもわからないし、当たって砕けてこい、と言ったのは諏訪で、慈悲もなにもないな、と思った。せめてもの救いは堤が純粋に応援してくれていることかもしれない。
笹森が佐鳥の同伴がなくても件のコーヒーショップに通うようになって、散財が酷いんじゃないの、と母に叱られつつも足を運ぶことを止められないでいた。あの人がいたらいいな、と淡い希望をどうしても抱いてしまう。
心臓をどきどきとさせながら店の扉を祈るような気持ちで開ける。レジ周りに居ないか確認しながら、先に席を押さえるために店内をぐるりと視線を一周させた。いたらラッキー、いなかったら残念だけど課題をして帰る、レジにいたら超ラッキー。諏訪たちにも例の人には会えたのか、なんて逐一確認されるけれど、彼女に会えるのはそこまで多くない。三回に一回遭遇できればいい方だ。
彼女の姿を意識して見るようになってから二ヶ月ほど経過した頃、彼女から笹森に話しかけてくれるようになった。
「いらっしゃいませ、こんにちは。今日も本日のコーヒーで大丈夫ですか?」
「はい。あ、今日はトールでお願いします」
「かしこまりました」
諏訪と堤から聞いた話を忠実に守りつつ、たまにはフラペチーノなんかも飲みたいな、とも思う。けれど、今日はフラペチーノが飲みたい、と意気込んだ日ほど彼女と遭遇するものだから、あまり甘いものを摂取できていない。
二ヶ月も経てばおどおどとしていた彼女も、手慣れた様子でレジ処理をするようになっていて、頑張っていてえらいな、という微笑ましい気持ちが薄れて、かわいいなぁ、という気持ちが胸を占めるようになってしまっていた。会計を終えてカウンターに移動すれば人が少なかったようで、彼女がこのままお作りしますね、とカウンターに入っていく。予想外の展開にこれはどうすれば、と混乱しながらも視線は彼女をじっと見つめてしまった。
「お待たせしました」
受け取り口に差し出されたカップを受け取る。手が震えてしまっていないだろうか、と心配してしまった。緊張しやすい性格でもないのに、ドギマギするのはやっぱり彼女のせいだろう。
「ありがとうございます」
「また来てくださいね」
「あ、はいっ」
微笑みを向けられて最初にレジをしてもらったときのように、自分の頬に熱が集まったのが分かる。一礼してから窓際の空いている席に座った。荷物は荷物入れになっている机の下のスペースに入れる。いつもなら、彼女の姿が見える場所に座るけれど、今日はそれをするのは無理だ、と思った。また来てくださいね、という言葉を噛み締めるように頭の中で微笑みと一緒に反芻する。少しだけ冷めたコーヒーを口に運ぶと、カップを傾けすぎたようで勢いよくコーヒーが口内に入ってきて舌が火傷した。ひりひりとする舌を冷ますように舌を出す。嬉しいことが起こった矢先にこれって、と凹んでしまいそうになった。いつもと違うことを言ってもらえたという喜びを思い出して、なんとか気持ちを上に向かせる。
佐鳥も笹森も防衛任務がない放課後に、毎度お馴染みになったコーヒーショップにやってきた。今日はなんとバイトと任務で多忙すぎて付き合いのよくない烏丸まで来ている。珍しいこともあるもんだな、と笹森が言えば、烏丸が事情を話した。先日急に高熱で来られなかったアルバイトの代打をしたら、その礼で本当はシフトが入っていたけれど変わってもらったらしい。低価格で学生御用達のカフェレストランじゃなくてよかったのか、と言えば、たまには甘いものが飲みたい気分だから、というのでコーヒーショップになった。
店に到着するなり看板を見た佐鳥が上機嫌に新メニューを指差す。季節もののフラペチーノが出ていたようだ。いつもの癖で店内に視線を巡らせると、今日は彼女が居ないようだったので、笹森も佐鳥と烏丸と同じものにする。
「お、新しいの出てる! 佐鳥これ~」
「じゃあ、俺も」
「オレも今日はフラペにするかな」
「日佐人今日はブラックじゃなくていいの?」
佐鳥の前ではほどほどにブラックコーヒーを飲んでいたので、聞かれるとは思っていた。
「今日はいいんだよ」
「へー」
レジに並んで彼女ほどじゃないけれど顔なじみの店員にフラペで、と注文する。
最近は頑張ってブラックコーヒーを飲む機会が増えたけれど、やっぱり甘いものも好きなのでフラペチーノはフラペチーノで好きだ。甘味は人の心を和らげる、とどこかの誰かも言っていた。
各々のフラペチーノを受け取って適当なテーブル席に座り、いつものように男子高校生らしくいろいろな話をする。学年主任のカツラがやばかっただの、明日の英語の課題は自信がないだの、そんなありきたりな話だ。もうすぐ期末試験だと思うと憂鬱でしかないな、なんて学生らしい愚痴をこぼし合いながら、合間にフラペチーノを飲んでいく。気心の知れた友人たちと過ごす時間は楽しいものだ。
「やっぱ久しぶりに飲むフラペチーノ美味い」
「分かる。フラペは定期的に飲みたくなるよね」
「俺はたまにでいい」
「と、とりまる」
「笹森はなんでブラックコーヒー?」
「……気になってる人が、いて」
照れながらそう烏丸に告げると、表情を変えないままでほう、と抑揚のない返事が耳に届く。
どういう感情なのか聞きたいような、聞きたくないような。
「日佐人、めっちゃ健気でしょ。かっこよく思われたくて得意じゃないブラックコーヒー飲んでるんだよ」
「それは、健気だな」
「ふたりして揶揄ってんだろ、おい」
最近こういうことばっかりだと思う。先日も諏訪に揶揄われたばかりだ。佐鳥ほどのいじられキャラではないはずなのに。佐鳥も烏丸も最後は応援してる、なんて言ってくれていたので許すことにした。話が一段落すると同時に、ちょうど全員フラペチーノを飲み切ったので店を出ることとする。
佐鳥と烏丸とやってきた翌々日に笹森はまた一人でコーヒーショップに来ていた。店の扉を開けるなり彼女の姿が目に飛び込んできて、いそいそとレジに並んだ。店内はいつもより空いているので事前に席を取る必要はなさそうだ。自分の会計の番が来て、いつものように本日のコーヒーで、と言おうとしたところに被せるように彼女が口を開く。
「今日はフラペチーノじゃなくていいんですか?」
え、と声がついて出る。彼女の前でフラペチーノを飲んだ記憶はないのに、何故急にフラペチーノが出てきたのか分からず困惑していると、目の前の彼女がおかしそうに小さく笑った。
「一昨日、わたしもお客さんで店内に居たんです」
話聞こえちゃって、すみません、と謝られた。あの恥ずかしい話を本人に聞かれていたのだと思うと、体温が二、三度下がったような気がする。もしかしたら顔は青くなっているかもしれない。自分で確認できないのが悔やまれる。
「あの、えっと……」
「違ったら否定してくれていいんですけど、もしかして昨日の話のひとって、わたしですか?」
ぱっちりとした目が笹森をじっと見つめていた。その目には嫌悪とかそういうマイナスな感情は見られなかったので、観念して正直に答える。
「…………………………はい」
「そうかなぁ、とはちょっと思いました」
ふふっと笑ってからそう言い放った彼女はどこか楽しそうに見えた。
「あの、ほんと、迷惑じゃなければ、連絡先、教えてもらえませんか……」
そういうのはダメですと言われたらどうしよう、と視線を合わせずにぎゅっと眼を瞑ってそう告げる。返事を待っていると、あの、今日あと三十分で上がりなので、そのあとでよければ、と彼女は笑いながら言った。呆気に取られているとカップにメッセージが書かれて手渡される。
そこには待ち合わせ場所が書かれていた。今まで以上に心臓が激しく脈打っている感覚と、顔全体に熱が集まっている感覚で訳が分からなくなりそうだ。
待ち合わせの場所は、店を出て近くにある公園の名前が書かれている。カップを見る度に、夢の中にいるような気分になった。こう言ってはなんだが、こんなチャンスが来るとは微塵も思っていなかったのだ。
知りもしない男に連絡先を聞かれると言うのは、聞かれた側の受け取り方次第では気持ち悪い、と思われることもあるから距離感を間違えるな、と口酸っぱく言ってくれた小佐野に頭の中で感謝する。少なくとも笹森は現時点で気持ち悪い、と思われていないと思っていいはずだ。
彼女のシフトが終わるまでの三十分、緊張が早鐘のように心臓を打つばかりで、自分でも気が動転しているのが分かる。なんとかしようと、スマートフォンを取り出して、メッセージアプリを開き、諏訪隊のグループを呼び出してメッセージを送った。
件の女性に彼女のシフトあとに会うことになりました、と一言送れば、諏訪隊で愛用しているスタンプが連打される。だれか一人が鬼のように同じスタンプを送ってきているのかと思いきや、三人が同じスタンプを送り付けてくるものだから笑ってしまった。
いろんな作品とコラボしている、猫の女の子が看板になっていているブランドのかえるのスタンプはどこかゆるさがあって、使い勝手もいい。いくつか種類がある中で花〝おめでとうございます〟のスタンプが永遠に送り続けられていて、そろそろいい加減にやめてください、と言いたくなってしまう。
メッセージアプリのグループトーク画面を眺めながら、なんとか気持ちを落ち着かせることに成功した。諏訪の女子とデートに行くのと急にバカ強い近界民がせめて来たらどっちが怖いんだよ、と言われて真剣に考える。近界民の方が命にかかわる場合もあるし――笹森たちは緊急脱出が搭載されているとはいえ――、そっちの方が緊張感があるだろうな、と思った。
ようやく頭がクリアになってき始めたところで、彼女のシフトが終わる時間がやってきそうだったので店を後にする。レジ周りを確認しても、彼女の姿はなかったので裏に下がっているのだろう。
これからが本番、と意気込んで待ち合わせ場所の公園に向かった。