奈良坂/きのこたけのこせんそう(仮)

 好きなお菓子の話をするならば、それはもうきのこが山型になった某お菓子会社のチョコレート菓子がなまえは好きだった。従姉妹の那須はアで始まってトで終わるチョコレート菓子が好きだというので、普段は姉妹と言われるほど仲がいいのに、このときばかりは大げんかした――その光景を見ていた従兄弟曰く、お前が勝手に怒っていただけだと言われたがそれは無視する――ほどに、きのこの山が好きだ。それは今も変わらない。名前を出してしまったことに関しては、目を瞑ってもらいたいところであるが。
 ボーダーの本部基地にやってきて、訓練室に向かって緑川あたりと一線交えるか、なんて考えて歩いていると、目の前によく知った姿が二人分目に入った。片方はクラスメイト、片方は――。

「ゲッ」

 カエルが踏みつぶされたような声を上げてしまうのは、もはや条件反射だ。声を上げてしまったことで、視界に入れていた二人にも見つかってしまう。我ながらアホすぎる、と内心で自分を罵りながら、近付いてくる彼らとおとなしく対面する。

「おうみょうじ、おつかれ」
「米屋お疲れまたねわたしは帰ります」
「まてまて」
「やめろ! お前の後ろのきのこ頭に会いたくないんだわたしは!」
「面と向かってはっきり言うじゃん?」

 逃げようとするのにクラスメイトの米屋に捕まってしまって身動きが取れない。今度のランク戦覚えてろよ、お前から絶対めちゃくちゃポイント奪ってやるからな、と睨んでいると、隣にいたきのこ頭は呆れたようにため息をひとつ吐いた。
 それすらも画になっているから腹が立つ。なぜ親戚の中で自分だけ顔のレベルが違うんだ。

「陽介、先に行ってる」
「あれ、奈良坂行っちゃうの」
「章平を待たせているからな。じゃあな、なまえ。陽介に迷惑かけるなよ」
「迷惑なんてかけたことないしぃ」

 べー、と子どものように舌を出せば、隣で米屋が吹き出して肩を震わせていた。失礼なやつだな、と思ったけど黙っておく。クラスメイトには優しくしておかないと任務で休むときに困るから、ここでけんかをするのはよくない。
 持ちつ持たれつ、それがB級以上の隊員の実態だ。防衛任務は入れ替わりだからみんなで頑張って共存していこうな、と言ったのは誰だったか。出水か米屋なのは確実である。
 三輪は絶対にそんなことを言わない。彼は研がれたナイフのように鋭いので。去っていく奈良坂の背中を見送っていると、米屋が話しかけてくる。

「相変わらず奈良坂とみょうじって仲悪いのな」
「奈良坂とわたしが和解できる日など来ないのよ、米屋」
「しかし、那須と奈良坂とおまえが従姉兄ね……よくよく見たら全員顔似てるって」
「こら! 米屋こら! わたしと玲ちゃんみたいなウルトラ超絶美少女を一緒にするんじゃねぇ! 玲ちゃんとわたしじゃ月とスッポンなんだよ!」
「自分を卑下するタイプの罵倒は予想してなかったわ」

 胸ぐらをつかんでがくがくと揺らしながら反抗していると、どーどー、と暴れ馬を落ち着かせるように声をかけられる。誰がじゃじゃ馬だ。
 第三者にはよく親戚である那須と奈良坂となまえは似ている、と言われるが、残念ながら親戚内ではなまえが一番普通な顔をしている、というのが共通認識である。自身もそれに反論する余地はない。
 那須と奈良坂となまえの母は姉妹で、昔からご近所でも有名な美人三姉妹だった、と聞いたのはなまえのことを猫可愛がりしてる祖母からだ。那須の母と奈良坂の母は大層お顔の整った夫と結婚したが、なまえの母はのほほんとした中の中と他人から評される夫を選んだというわけである。あとは推し測るべし、とだけ言っておきたい。別に両親を恨んではいない。残念だったとは思うが。母が顔の整った人と結婚していたら、なまえももう少し那須や奈良坂に似ていたかも、と思ったことは何度かある。

「よねっち」
「はいはい」
「よねっちはきのこにいじめられてない? 大丈夫?」
「ねぇよ。奈良坂はいつもきっちりしてくれてるし。狙撃手としてもいい腕だって」
「そっかぁ」

 ならいいことだねよかったね、と気持ちを吐露すれば、今度は米屋が呆れた視線を向けてくる。
 気にするくらいならして許してやればいいのに、と呟かれた言葉は聞こえないふりをした。絶対に一生許さないと心に決めているので、それを今すぐ変えるのは無理だし、当分変えるつもりもない。

「素直になってやれよ」
「え、むり」

 他人に言われて素直になれるものなら、とっくの昔になっている。
 三輪に呼ばれたから、と作戦室に戻っていく米屋を見送っていると、背後から衝撃が走った。こんな風に体当たりをしてくる人間は知り合いにひとりしかいない。
 振り返って姿を確認したのちに、頭を掴んで力を込める。教育的指導だ、教育的指導。

「しゅーんー?」
「ごめんってなまえ先輩!」

 目当ての相手だった緑川が来たので、お互い訓練室に入ってひたすらランク戦を行った。
 緑川より少しだけ強い程度なので、ボーダー内で見るとほどほどの実力だろう。上位ランカーというほどでもないし、かと言って下位でもない。本当に中位も中位を漂い続けている。

なまえ先輩相変わらずどこの隊にも入る気ないの?」

 個人ランク戦を終えて、ラウンジで恒例になりつつある緑川の宿題をみていると、勉強への集中力が途切れたらしい目の前の彼が話しかけてきた。

「ないねー」
「A級の隊とかからお誘いありそうなのに」
「ないない。駿はわたしのこと過大評価しすぎ」
「そうかな」

 どうも攻撃手として個人ランキングの中位を漂っている自身のことを過大に評価してくれている緑川を宥めながら、この子が隊長で隊を組むって言ったら参加しちゃうかもなぁ、と心の中で独り言つ。

「那須隊に入りたかったけど、玲ちゃんと熊ちゃんに断られちゃったんだもん」
なまえ先輩ほんとぶれないよね」
「さんきゅー」
「褒めてないから。でも、それだったら余計に他に入ればよかったのに」
「いいのいいの。さして困ってないから今も」
「ほんとにもったいないなぁ」
「そんなこと言ってくれるいい子の駿ちゃんには、オレンジジュースを買ってあげようねぇ」

 あときのこの山もあげちゃう、と言ってチョコレート菓子をカバンから取り出して差し出せば、うわでたいつものやつ、と嫌そうに言われたので、再び教育的指導と称してげんこつを一つ落としておいた。お前迅さんからのぼんち揚げはそんなこと言わないだろ、と言え返す。すると、それはそれこれはこれ、などという解答が返ってきた。生意気なやつ。

 
   §

 
 そもそも自分がボーダーに入ったのは、大好きな親戚の那須がボーダーに入隊すると小耳に挟んだからだ。
 那須はなまえにとって崇め奉らなければならない存在であり、なにに代えても守らなけらばならない存在であり、なまえには持ってないものをたくさん持っている素敵な存在である。――そうであったはずだった。
 出会ったときから身体が弱くて、遊ぶときはもっぱら那須の部屋か那須の家の小ぢんまりとした庭が遊び場の定番で、遠くまで行けないことをよく詫びていたのを未だに覚えている。
 そんな那須となまえの二人きりの箱庭に人間がひとり追加された。それがのちの奈良坂透である。
 現在のきのこ頭よりももう少し長く、肩のあたりで切り揃えられた髪型だったので、出会った当初は女の子だと思い込んでいた。そのときのことはずっと覚えているし、なんなら那須も覚えている。現在の那須の髪の毛と同じくらいの長さはあったのだ。そりゃみんな女の子と勘違いしても仕方がないと思う。実際、那須と双子と言われても差し支えないほどだったのだ。
 遊び始めた最初の三回くらいは女子だと思って接していたが、四回目にみんなでショッピングモールに行った際に、彼が男子トイレに父たちと一緒に入っていったことでなまえは性別を正しく認識した。

「とおるちゃんおんなのこじゃないの!?」

 ショッピングモールでそんな大声を響かせてしまったことは今でも反省しているし、その件で奈良坂に攻撃をされると抵抗する術を持っていない。全面降伏のみである。

 
 三人付かず離れずで時間を重ねていく中で、中学生に上がった頃に三門市が近界民に襲われた。那須も奈良坂もなまえの家族も無事ではあったが、家がまぁまぁ悲惨なことはなったので、近界民のことはほどほどに恨んでいる。
 急に現れたボーダーなる組織に奈良坂が入隊した、と聞いたのは母からだった。危なくないのかなぁ、大丈夫かなぁ、と思ったし、本人にも心配の言葉をかけたこともある。彼は危なくないシステムになっているから大丈夫だ、と安心させるように頭をなでながら微かに笑った。
 このときはまだ、彼のことが大好きだったし、微かに見せてくれる笑みが好きだったことを那須だけが知っている。

「なんでそんな拗れちゃったのかしらね」
「しらなぁい」

 非番であることを把握していたし、体調が優れないという話だったので、学校帰りに那須の家にやってきた。家に直接帰るよりは遠回りではあるが、那須の両親が今日は帰宅が遅いという話だったので、ちゃっかり家の中に上がり込む。
 ちゃんと夕飯までには帰るから許して、と母に連絡をして那須の部屋を目指した。
 部屋に到着するなり、肌触りのいい彼女のベッドに寝転んでうだうだとしていると、相変わらずなまえは甘えたね、なんて声が聞こえる。否定はしない。人生の六割は那須に甘えて生きてきたと思う。
 自分は那須を守らなきゃ、と思ってきたけれど、那須からすれば自分は可愛い妹分だ。従姉兄の誕生日順で言うとなまえが一番下だ。六月生まれの那須は姉のように、九月生まれの奈良坂は兄のように、十二月生まれの自分に対して接していた。親戚の中で末っ子のような扱いをされている自覚はある。奈良坂の姉にすら可愛がられているから余計にだ。どうにも幼少期は落ち着きのあるふたりに挟まれていたから、なまえのそそっかしさが目立っていたようである。

「まだ許せない? 透くんのこと」
「許せない。ボーダーに入って玲ちゃんはほどほどに元気になったかもしれないけど、いくら緊急脱出があるからって、危険なことに玲ちゃんを誘った事実は動かないもん」
「意地っ張りなんだから」

 よしよし、と頭を撫でられて、むー、と口元に入れていた力が、すこしだけ緩む。那須に宥められると弱いのはいつものことだ。それをわかっていて、懐柔しようとしてくるから、質が悪い。

「昔はとおるちゃん、って呼んでたのに」
「奈良坂なんて奈良坂でいいもん」

 それかきのこ頭、と呟けば那須はふふ、と上品に声を上げて笑った。この笑い方は知っている。こちらを揶揄っているときのものだ。

「透くんも、なまえも本当に素直じゃないんだから」

 すべてを知っていますよ、と言わんばかりの笑みを浮かべる那須の顔を見てから、すぐに視線を逸らした。

 
 狙撃手の訓練を終えたあとにミーティングだと少々疲れたな、と思って、作戦室でたけのこを模したチョコ菓子を奈良坂が食べていると、米屋が話しかけてきた。

「奈良坂ってみょうじとケンカにならないの?」
「なにがだ」
みょうじはきのこの山好きじゃん」
「あぁ、あれは昔からだから。別に」
「ふうん」
「なんなら昔はアルフォートが好きだと宣言した玲を攻撃してたくらいだしな」
「過激だな」

 幼い頃の記憶ではあるが、十数年たった現在でも鮮明に思い出せるのだから、笑みがこみ上げてしまう。普段は姉妹のようにとても仲のいい那須となまえが大げんかをしたのは、あのときが最初で最後だ

「ずーっと意地張られて疲れねぇの?」
「別に。そういうやつなのは昔からだから、どうしようもないと思ってる」
「よくわかんねー」
「陽介は宇佐美と仲がいいからな」
「うちもほどほどの距離感よ」
「うちはなまえと俺の距離がお前らよりすこし遠いだけさ」

 そんなもんかねぇ、と納得してなさそうな米屋を尻目に、自分の髪に触れた。自身の髪型がなまえの好きなものに寄せていると知れば、米屋はどういう顔をするだろうか。このことに気づいているのは那須だけであるし、意地を張り続けているなまえは自分に関連しているだなんて思ってもいないだろう。
 一度へそを曲げるとなまえの機嫌が戻るまで長いのは知っているし、自分が距離を置かれるきっかけを作ってしまったことも自覚していた。那須をボーダーに誘ったのは、ボーダーに入隊してしばらくしてから、三輪経由で東からそういう研究がある、という話を聞いたからだ。トリオン体になることで、病弱な人間の身体に訪れる変化についての研究の被験者を探している、と小耳に挟み、両親に相談したうえで那須にも那須の両親にも相談した。両親たちは一度難色を示したけれど、那須は前向きにやりたい、と言ったのでボーダーに入隊している。実際、トリオン体になることで那須の体調は以前よりもずっとよくなっていた。そのときに兄妹みたいに仲良くしていた従姉妹のなまえに相談しなかったのが、現状に続いている。なまえに話してしまえば那須と一緒に入隊すると言いかねないので、那須と相談して秘密にしていたのだ。結局、那須がいるからと入隊してきてしまったけれど。どこかのほほんとしているなまえには穏やかに過ごしてほしかったな、と言っていたのは那須で、奈良坂もそれには同意している。まぁ、入隊して攻撃手になったかと思えばそれなりの順位になったのは驚いたが。のほほんとしているのに、戦うことに向いていたのは驚愕したものだ。それは、那須にも同じことが言えるけれど。
 なまえの怒りは当分収まらないだろうが、いつか落ち着くことも知っているので、奈良坂はそのときが来るのをのんびり待つだけだ。
 なまえがいくら奈良坂と距離を置きたがっても、血縁者という切っても切れない繋がりを持っていることを神に感謝した。