1・一等星になる予感を見た

 ボーダーに入隊して、初めて行ったメディア対策室らしい仕事は、入隊募集のポスターを作成することだった。
 まだメディア対策室として動き出す前、手が回ってないというデータ入力などの雑務をこなしている中で発見したのだ。支給されたパソコンの中に、画像編集ソフトやグラフィックデザインソフトが入っているこということに。

「あれ、このパソコンこういうソフト入ってるんですね」
「……きみ、そういうの使えるんだっけ」
「初心者レベルですけど、基本操作くらいなら。大学時代のサークル活動でビラ作るときにこういうの触ってました」
「なるほど」

 根付は少し考えるような素振りをしてから、そのあとはなにも言わなかった。
 司令部や開発室から回される素人でもできる業務をしつつ、メディア対策室としての活動案をまとめるのが自分の当面の仕事だ。面接の際に城戸に告げたことを中心にまとめ、その他今後隊員を一般募集するという話なので、それらの関係で発生しそうな事項を書き起こす。
 子どもを相手にするということを加味しなければならないので、なかなか一筋縄ではいかないところであるが。相手の理解力なども考えたうえで発信する必要性があると思うのだ。
 そういった業務に勤しんでいる中で、根付に唐突に言い渡された。

「隊員募集のビラ、作って」
「え、デザイナーさんにお願いとか……」
「ボーダーに潤沢な資金はないんだよ」

 にこり、と笑みを浮かばて告げられた言葉を受け取り、それから咀嚼する。

「つまり費用を削れるところは削れと」
「そういうこと」

 いきなり言い渡された専門外の業務に目が点になるけれど、頭を振って気持ちを切り替える。城戸になんでもやりますと言った手前、できませんでは通用しないのだ。

「サイズと何案必要ですか? あと期限と」
「町内の掲示板にも貼ることを予定しているからA4サイズと……あと学校などにも配布する予定だから掲示用のB2くらいかな。案は二つか三つ。期限は一週間後」
「承知しました。募集対象は中高生ですか?」
「メイン層はそこだが、大学生などでも適性があれば受け入れる」

 その他の必要な情報を確認して、ポスター案を考える作業に取り掛かる。まずはインターネットでポスターの例を検索した。自衛隊の隊員募集から自治体の職員募集など参考になりそうなものを徹底的に洗う。各ポスターのいいところを手元のノートに書き起こし、真似できそうなレイアウトなども書き留めた。
 内容的には自衛隊のものを参考にできそうではあるけれど、まんま一緒では意味がない。子ども向けのイベントごとのポスターなども参考にし、子どもにわかりやすく、でも大学生などでも違和感なく読めるものにする。
 業務を言い渡されて二日後、まだラフ状態ではあるが案がまとまったので、途中報告として根付に見せた。ひとつめのA案は自衛隊の隊員募集に似た雰囲気もの、ふたつめのB案はヒーローショーのお知らせに似た雰囲気のもの、みっつめのC案は自分が大学のときに作った部員募集のビラを改良したもの。
 デスクに座っている根付のパソコンからも見られる共有フォルダにデータを入れた。

「三案作るだけ作ってみました。ポスターって名前のフォルダです」
「確認しよう」

 根付がパソコンのマウスをカチカチと音を鳴らしていて、フォルダを開いているのだと分かる。本職のデザイナーではないので限界があるが、かろうじて見られるものになっていると思いたい。目の前で視線が動いている根付を見ながら、内心割と緊張で心臓の音がうるさかった。
 気持ちを切り替えて別の業務をしよう、と今後隊員が入隊して必要になるデータなどを入力するフォーマットを編集する。
 開発室からデータ収集用にアクセスを使うから操作方法を勉強しろ、と言われているのだ。
 メディア対策室所属なのに、やっていることが本当に何でも屋だな、と思う。
 おそらく隊員や職員が今後増えてきたら、きちんと業務は分担されるのだろうけれど。如何せん現状では人手不足なのは否めず、自由に動ける自分に、仕事が降りかかってきているような気がする。
 事務をできる人間が圧倒的に少なすぎる、というのが正直なところだ。
 隊員募集と同時に職員募集もするらしいので、いい人が来てくれるといいな、と心の内でぼやいた。
 アクセスの操作方法を調べながら、画面をポチポチ編集していると、名前を呼ばれてはーい、と返事をしながら意識を根付に向ける。

「自分としてはどの案が良いと思っているの」
「B案ですかね……」
「中高生にはくどいんじゃないの?」
「くどいくらいがちょうどいいかな、と。A案もC案もどちらかというと大学生以上とか成人向けかな、と思うんですよね」
「なるほどねぇ。とりあえずこの案の状態で城戸司令に共有しておくよ」
「えっ」

 突然の城戸司令の登場に驚きの声が自分の口から出た。

「なに? 司令に見せられないもの作ったの、きみ」
「そんなことはないんですけど……緊張するなぁって」
「城戸司令は怖く見えるけれど、何でもかんでも厳しい人ではないよ」

 フォローを入れる根付に、それはなんとなくわかります、と返事をする。
 本当に何もかも厳しい人間は、あんな笑みを浮かべないというのは理解しているのだ。もしかしたら、昔はもっと朗らかだったんじゃないの、くらいに感じている。
 根付が城戸司令のメールに案を本当に送ったようで、内心でびくびくしていた。これではボーダーとしてのイメージがそぐわない、とか言われたらどうしよう。悪気はないのだ、悪気は。技術がないなりに自分でできる範囲で、限界まで考えた結果なのだ。仕事だから言い訳が通じないのはわかっているけれど。これでたくさんダメ出しをもらうことがあれば、じゃあデザイナーに頼んでくださいよ、と泣きつこうかと思うほどだ。素人がデザインとか無理に決まっている。
ポスターの件は城戸の返事が来るまで保留となったので、こせこせした心持ちのまま他の業務に専念する。アクセスとそろそろそれなりに仲良くなれてきたのでは、と実感し始めた頃に、城戸からの回答が来た、と根付に告げられた。

「どうでしたか……」
「どれも素人が作ったにしてはいい出来じゃないか、だって」
「おぉ…………」
「とりあえずB案を使う方向で。内容はもう少し中学生に目を引きそうな感じで、とのお達しだよ」
「了解しました」

 B案をもう少し大人っぽく、となると見た目の雰囲気を変えたらいいだろうか、と思考を巡らせる。中学生がどこまでの漢字を習うのかも一応確認しておかないとな、と今後の計画をいくつか立てた。

「そういえば、初回の隊員って何人くらい取りたいんですか? トリオン器官や性格の適性云々があるから、全員合格とかしないですよね?」
「まぁ、十人取れたらいい方だよね」
「いろいろ未知な組織に入ろうと思う子どもも、入れたいと思う親もいませんもんね」
「そういうこと。かといって、すべての情報を開示するわけにもいかないし」

 すべての情報を開示なんてしてしまったら、日本という国が終わりそうだな、とボーダー所属のくせに他人事のように思った。トリオンとかいう未知の技術を使えるこの組織が異常なことは、一般の自分の目から見てもよくわかる。わるいことを考える人間というのはいつの世の中にも蔓延っているものなのだ。
 そんな不透明な組織に応募してくる人間、面白半分か、かなりの自己犠牲精神が染みついている偽善者か、狂気一歩手前のヒーロー志望か、よほど正義感の強い人間がいいところだろう。
 どれが来たところで自分は関与しないけれど。自分の仕事は、どちらかというと一般市民に向けて、ボーダーが如何に安全で優良な組織であるかを発信することである。
 城戸からのゴーサインも出たポスター制作だが、なんとか形にして根付と城戸に提出する。真ん中に大きく隊員募集の文字、その上にきみも一緒に三門市の街を守らないか? の文章を置く。下に面接の日程をいくつか記載した。隊員に志望の方は、以下の日程にボーダー基地とその下に括弧書きで書いた住所までお越しください、と書いておく。背景はボーダーの隊服を着た人間の首から下の姿を埋め込んだ。腕は拳を胸元で作る、よくスポーツ系のポスターで見かけるものを採用する。ちなみにポスターの写真は、ボーダーの前身的な組織時代からいるという忍田、という隊員にお願いした。
 自分がポスターに載るなんて、と言われたが、ボーダーの初の会見で会場に居て映り込んでいたのは覚えていたので、今更では、と答える。
 どうしても納得いかないようだったので、妥協点として首の下だけ使わせてくれ、とお願いしたのだ。最初希望通りに普通に顔から下をトリミングしたら生首感があり、流石に却下した。いろいろ編集した結果、鎖骨から下をトリミングしたものがベストだと判断する。根付にも首下バージョンと鎖骨下バージョンを見せたが、やはり後者の方がおどろおどろしくない、という結論になった。
 ポスターが完成して、一仕事終わったなぁ、と息を吐く。すると、試験枠とは別に縁故枠での隊員の採用があると聞かせられた。どの子も忍田の弟子や、前身組織の血縁者などなので、人柄は問題ないということもあり、一発採用らしい。
 縁故採用枠の隊員と初の試験枠の隊員は入隊日は同じになるらしく、次はその準備の手伝いね、と笑顔で根付に次の業務を言い渡された。別に構わないけれど、息つく間もないな、と感じる。
 日々、根付や開発室から投げられる仕事を消化して、たまに手が空けば基地の外の清掃を行った。ずっとデスクワークをしているのも身体に悪いのもある。そこまでしなくても、なんて笑われたけれど、基地の外の清掃は今後雇う予定で、今はそこまで気が回らないという話だった。
 ならば手が空いているときに限りますが、自分がやります、と名乗りを上げたのだ。いくらトリオンでできているからと言っても、下から生えてくる草花を除去はできない。そういうプログラムを組めばできなくもないらしいが、そんな手間をかける余裕もないそうで。
 開発室は鬼怒田に完全におんぶにだっこと聞いているので、そんな余裕がないことは想像に容易い。
 基地は普通に瓦礫の上にあるせいか、少し期間があくと隙間から雑草が生えてくるのだ。
 それをむしって─要は草むしりである─、回収してゴミに出すのが自分のたまの仕事である。
 隊員募集して一度目の試験日。やることがなく手持ち無沙汰の自分は、基地の周りをうろうろとさ迷っていた。今日も草むしりだ。ここ二週間、草むしりをしていなかったからか、新しい雑草がところどころに生えたのが目に入る。先日の草むしりでは抜ききれなかった草たちだろう。今日こそ根絶やしにしてやる、と意気込みながら、草のある場所でしゃがんで軍手をつけた手でむしり取った。
 燦燦と照り付けてくる太陽に文句を言いたくなりながら、無心で草をむしる。そのうち除草剤をまくことも提案してみようかな、と考えていたところに、知らない声に話かけられた。しゃがんでいる状態で相手を見上げるけれど、逆光になって顔が分からない。

「はい?」

 立ち上がって声をかけて来た人間の顔を見る。中学生くらいの男の子だ。烏のような黒色で羽のような髪をしている。どこかで見たことがあるような気がするけれど、ひとまずスルーした。手にはボーダーが学校向けに配布したチラシ─自分が制作したものである─を持っている。うわ、まじで応募あったの。

「あの、ボーダーの試験を受けに来たんですが、入口ってどこですか……?」

 困った、と形容できそうな表情を浮かべる男の子に、口で説明するには少し面倒な現在地なので案内するよ、と告げる。

「いえ、お仕事中ですよね?」
「大丈夫。やることなくて、やってるだけだから。それにまだ昼休憩取ってなかったしちょうどいいの」

 ついてきて、と言ってから先導するように歩き始めると、男の子はきちんと後をついてきていた。なんだかカルガモの親子みたいだな、と思ったことは黙っておく。
 声をかけられた場所からぐるりとほぼ基地を一周近くすると、入口が見えてきた。彼が正反対の位置にいたことを理解したらしい。

「俺、違うところに着いてたんですね……」
「そういうこと。この基地分かりづらいから仕方ないよ。これから試験……だよね? 頑張って」
「ありがとうございます!」

 入口に先ほどの男の子くらいの年代の子どももいれば、大学生っぽい青年もいて。あのチラシ結構配られたんだなぁ、としみじみと思った。
 パッと見た感じ十数人は居そうな感じだが、何人通過するのだろう、と考えながら、元居た場所に戻っていく。草むしりはまだ半分しか終わっていないのだ。
 試験翌日には根付から縁故枠で四人、試験枠で五人採用したことを聞かせられる。入隊が決まった隊員のデータ入力をお願いされた。カタカタとタイピングしながら入力していると、手が止まる。先日の男の子の写真が貼られた申込書やら試験結果が出てきた。

「あれ、この子受かったんだ」
「知り合いかい?」
「違います違います。試験日に基地の外で迷ってたので、入口まで案内したんです」
「へぇ」
「一般枠で受かったんですねぇ」
「あの試験、便宜上しているけれど、トリオン量の条件さえ満たしていたら基本通るから」
「なるほど。そういうからくりなんですね」

 まぁ、自分には関係のないことですけれど、と話を締める。黙々とデータを九人分入力した。

「あ、」
「どうしたの」

 データ入力が終わり、違う業務に取り掛かろうとしたところで声が出る。それに根付が反応を示した。

「あのポスター、結局効果あったんですか?」
「試験を受けに来た人間が十人はいたから、多少は効果あったんじゃない?」
「よかったぁ。あれ? でも、半分は落ちてるんですね。トリオン器官のせいですか?」
「そんなところ」

 トリオン器官が基準値に満たない人間は隊員になれない、というのだから、世知辛い制度だと思う。前に別件でちらっと鬼怒田に、自分のトリオン器官ってどうなんですかね、と聞いたら味噌っかすだと言われた。味噌っかすってどれくらいなんでしょうね。戦闘員としてなら絶対に入隊できなかったぞ、と釘も刺されている。

「しかし、初回は九人ですか。旧組織組合わせたら十人超えるから、いい感じなんじゃ?」
「まぁ、最初はこんなもんだよね。初めから大勢入れても対応しきれないし」

 確かに、と根付の言葉に頷いた。ボーダーという組織はここから始まるのだろう。何もかも手探り状態で、あれやこれや起こりそうだなぁ、と思った。自分が巻き込まれることはなさそうだけれど。
 ─と、思っていた時期もありました。
 根付に言われて元々の基地だった玉狛支部におつかいと頼まれた。ついでに挨拶を済ませていないだろうから、済ませてきなさい、とも。言われたら確かに子どもたちを見かけることはあるけれど、会話はしていなかったことに気付く。いつも一礼だけして自分が忙しなく動き回っているせいもあるだろうが。
 基地からそれなりに遠い玉狛支部は、徒歩で行くにはそれなりの距離があるので、基地に置いている共用の自転車を借りて行くことにした。
 ボーダーの本部基地は今は自分が出入りしているあの場所だが、重要書類などまだ玉狛支部にあるらしい。それらの一部を引き上げてきてほしい、というものだった。
 子どもたちには訓練に集中してもらいたいので、と言われると何も言えなくなってしまう。自分はただ見守るだけの存在なのだと痛烈に無力さを感じた。自転車に乗ってしばらくすると河川敷などが見えてきて、その中にポツンとある建物が目に留まる。あれが玉狛支部なのだろう、と当たりをつけた。本部で掲げてあるエンブレムとは異なるエンブレムが入口に掲げられている。これが噂の旧組織のエンブレムかぁ、と内心で関心した。
 入口のインターフォンを押すと、中から自身よりもすこし年下の女性が現れる。玉狛に女性のオペレーターが居たことは覚えているけれど、名前をド忘れしてしまった。

「あの、今日伺う約束をしていたメディア対策室のみょうじなまえです」

 メディア対策室の職員であることと名前を告げる、目の前の女性は合点がいったのか、あぁ! と明るい声を上げた。

「叔父さんから聞いています。玉狛支部所属の林藤ゆりです」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」

 林藤ゆり、という名前を聞いて、ようやく思い出す。そうだ、玉狛支部の支部長の林藤に姪がいたのだった。まだ学生っぽく見えるな、と思いながら、ゆりが中に招き入れてくれたので彼女の後ろに続く。
 リビングに通されて、本部基地とは違ってどこかの家庭感が強いな、と感じた。ソファに腰かければ、書類を取ってくるので待っていてください、と言われる。大人しくソファに腰かけ、部屋の中に視線を巡らせると、台所に冷蔵庫にテレビ、食卓が目に入った。やっぱり基地とは違うんだなぁ、と身にしみて感じる。
 書類を取りに行ってくれているゆりを待ちながら、ぼうっと窓の外を見た。川に囲まれたこの場所では、子どもが走っている声なんて聞こえなさそうだな、と思う。ゆりを待っている間に、二階から一階にかけてドタバタとなにか─おそらく人だが─が下りてくる音が聞こえた。
 ゆりが書類を慌てて持ってきてくれたのだろうか、と思っていると、けたたましい音を立てて扉が開く。

「ゆりさん聞いてよ!!」

 開いたドアの向こうに、ボブヘアーの星輪女子の中等部の制服を身に纏った女の子の姿があった。あ、この子、資料で見たな。旧組織から隊員をしていて、名前は何だったか。

「あー、えっと、こんにちは。本部の職員のみょうじなまえです」

 思った人物と違う人間が部屋に居たことに驚いて、目を点にさせている女の子に自己紹介をする。すると、名前を名乗り終わったところで女の子が声を上げた。

「根付さんのお付きのひと!」

 指を差されながら言われた内容に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「うーん。厳密には違うかな……? 部下です、部下」
「でも根付さんと離れたくないから一緒に来たんでしょ?」
「若干あっているから言い返せないね……」
「やっぱり! あ、あたし、小南桐絵!」

 指を差したままの彼女の名前を聞いてようやく思い出した。そうだ、小南桐絵ちゃんだ、と記憶の中のデータと照合して納得する。自分の大先輩だ。

「わたしよりずっと前からいるから、先輩だね? 小南先輩」
「そ、そうね……! あたしが先輩だわ! あと桐絵で良いわよ」
「じゃあ桐絵先輩で」

 小南は自分よりも十歳くらい年上の女性に先輩呼びをされたのが嬉しかったのか、急に距離を詰めて懐いてきた。あたし先輩だから教えてあげる! と鼻高々にいろいろなことを教えてくれる。玉狛支部は本部と違ってこうなってるとか、ああなってるとか。なんというか、純粋すぎて逆に心配になった。完全に老婆心である。

「お待たせしました……ってあれ? 桐絵ちゃん」

 書類を取って戻ってきたらしいゆりが声をかけてきた。小南の視線がゆりに向かう。

「ゆりさん!」
「お忙しいところすみません」
「いえいえ……って。お茶もお出しせず。すみません」
「お構いなく。その書類を頂戴するついでに、挨拶に伺っただけなので」

 申し訳なさそうにするゆりに気にしないだください、と笑い、それから差し出された書類を受け取る。中身を念のため確認すると、聞いていたものと相違なかった。これを持って帰るだけだな、と思っていると小南が自分のすぐ隣に腰を下ろした。

「桐絵先輩?」
「あのね、ゆりさんもおねえさんも聞いて」
「また従兄弟くんの話でしょ」
「従兄弟くん?」

 呆れたようなゆりの言動から察するに、彼女はもう何度も小南から聞かせられている話なのだろう。
 こういうとき女の子というのは、誰かに何度も話したい話題を話し切らないと落ち着かないことは理解している。
 左腕に付けている腕時計を確認し、時間に余裕があるので自分が彼女の話を聞くことにした。ゆりに視線を向け頷けば、申し訳なさそうに一礼する。なまえの意図は伝わったらしい。お茶でも入れるのか、台所に下がっていった。話すにつれて気持ちがヒートアップしているのか、小南が怒りを爆発させて、怒りのせいか目に涙まで浮かべている。
 中学生にするのもどうかと思うが、小南を抱きしめておーよしよし、と頭を撫でてやった。すると、なぜか調子が上がり、さらに大きな声で馬鹿馬鹿、と喚ているのが聞こえる。おーおー、ここまでくると全部吐き出させた方がよさそうに思えた。ひたすら小南の言うことをそうだねー、とかひどいねー、とかうんうん、と返事をする。
 お茶を入れてくれたのか、お盆にコップを乗せたゆりが台所から戻ってきた。ソファー前のテーブルにお茶を置いてくれる。そのときに口パクですみません、と言っているのが読み取れた。
 口パクに対して、自分も口パクで大丈夫、と返す。
 小南の話をまとめると、従兄弟が居て、その彼がどうやらボーダーの試験を受けたらしいと。
 しかも親戚である小南と友人の迅とやらにもなにも言わずに。そして受かったと笑顔で言われたのだそうで。自分たちがいるから、入らなくていい、関わらなくていい、とずっと言い続けていたのに、と小南は怒っている。

「こんなところに来ていい人間じゃないの」

 そういった小南の言葉はとても悲痛そうで、なまえまで哀しく感じてしまうほどだった。小南の言いたいこともわからなくはないのだ。
 もし、自分の家族がボーダーに入ると言えば、内面知ったからこそ、関わらない方がいいよ、と言ってしまう。
 自分のことは棚に上げてでも、大事なひとには安全なところに居てほしい、と思うのは何もおかしくないのだ。

「桐絵先輩は従兄弟くんのことが大事なだけなんだよね」
「そうなの! なのに! 勝手にボーダー受けて、受かったって……っ!」
「そりゃ怒っちゃうのも、仕方ない仕方ない」

 抱きしめていた腕を離して頭をぽんぽん、と撫でてやると、少し落ち着いたのか話し方が緩やかになった。
 小南のテンションがトーンダウンしてきたところで、お茶を差し出して飲ませる。ほっと息を吐いたのが見えたので、落ち着いたのだろう。自分もゆりが用意してくれたお茶を飲むためにコップを手に取った。
 冷たい麦茶がのどを潤わせる。
 みょうじさん、と小南に呼ばれて、視線を向けると恥ずかしそうにしつつ、視線を明後日の方に向けながら話し出した。

「あ、ありがとう……聞いてくれて」
「隊員の話を聞くのも職員の仕事だよ」
「あと、その呼び方じゃなくていいから」
「桐絵先輩じゃない呼び方?」
「先輩とかじゃなくて、普通に桐絵って」
「じゃあ、お言葉に甘えて桐絵ちゃん、で」
「ん」

 どうやら、小南とは今の時間があったおかげで、打ち解けることができたらしい。話が一段落したところで、ゆりにほかに隊員が居ないか問う。今更だけど顔を合わせるように根付に言われてここに来たのもあるんだ、と言った。

「迅とレイジさんがまだ顔合わせてないんじゃない?」
「あと二人いるの?」

 そういえば、旧組織の中に男の子二人の名前あったような気がする。本部に戻ったらちゃんと旧組織のメンバーの名前も見なきゃダメか、と反省した。

「レイジくんは学校だし、迅くんはまた徘徊しているから、すぐには戻ってこないんじゃないですかね?」

 全員に挨拶したかったけれど、不在にしている隊員がいるなら仕方がない。

「そっか……。また訓練とかで玉狛組も本部来るよね? そのときに桐絵ちゃんに紹介お願いしてもいい?」
「もちろん! あ、連絡先教えて」

 連絡先、と言われて私用携帯の番号を教えようかと思ったが、念のため名刺を渡す。

「名刺持ってるから、それ渡すね。そこに連絡先書いてあるから、本部に来る日教えて。それかメディア対策室に来てくれてもいいけど……都合のいいようにしてくれたら」
「わかったわ」

 自分で作成したボーダーの職員としての名刺を小南に渡す。名前と電話番号とメールアドレスが記載されているそれを、他人に渡したのが初めてなことに気が付いた。メディア対策室として早く本格的に活動できる日が来ないかな、と心待ちにする。
 玉狛支部を出る頃には、陽が西に傾いていて、空の端が橙の色を見せ始めていた。

    §

 本格的な活動をしていないため、内線以外滅多になることのないメディア対策室の電話機が、外線の着信を知らせた。
 なんだろう、と思って受話器を取ると、受話器の向こうから先日顔を合わせたばかりのゆりの声が聞こえる。

「もしもし?」
「あれ、ゆりちゃん? どうしたの?」
「桐絵ちゃんたち、今日そっちに行ってるんですけど、連絡来てます?」

 んー、と唸りながら記憶を遡ってみても小南からの連絡が来た覚えはない。

「来てないね?」
「やっぱり。連絡してから行きなさいって言ったんですけど……。すみません。今日そっちに三人揃って行ってます」

 申し訳なさそうに謝るゆりに大丈夫だよ、と明るい声で返事をする。ゆりがほっとしている気配を感じ取れた。怒られるとでも思ったのだろうか。そこまで狭量な人間ではないので安心してほしい。連絡をしなくて怒るようなタイプではないし、十歳ほど年下の女の子に怒るタイプでもない。ゆりからはどう思われているのかのかわからないけれど。きっと小南が約束をすっぽかしたと思って心配の電話をかけてくれたんだろう。

「了解。訓練だよね?」
「そう聞いてます」
「ありがとう。訓練室に行ってみるよ」
「よろしくお願いします」

 ガチャン、と受話器を電話に戻して切れば、いつの間にか会議から戻っていたらしい根付にどうしたの、と声をかけられる。

「この間、玉狛で戦闘員の二人に挨拶できなかったって言ってたじゃないですか。今日本部に来てるってことをゆりちゃんが教えてくれました」
「あぁ、迅くんと木崎くんはまだなんだったっけ」
「はい。なので訓練室にちょっと顔出してきますね」
「了解。用件終わったらさっさと帰ってきなさいよ」
「はーい」

 社会人らしい返事をしなさい、とお小言をもらいながら、それを聞き流してメディア対策室を出た。メディア対策室から訓練室は少し距離があるので、途中にある自販機でついでに三人に差し入れでジュースでも渡すか、と頭の中で段取りを組む。
 訓練室から一番近い場所にある自販機で、子どもが好きそうなオレンジジュースを三本購入した。まだ冷たいオレンジジュースを片手で三本持ちながら移動する。訓練室が視界に入り、入口から堂々と足を踏み入れた。
 小南の姿を探して視線をうろうろとさせると、騒いでいる声が聞こえる。
 声に引き寄せられるように近づいていくと、そこには先日仲良くなった小南と他に男の子が三人いた。

「桐絵ちゃ~ん」

 呼びかけながら近づいていくと、驚いて目を大きく見開いている小南と、突然現れた人間に怪訝そうな視線を向ける男の子たち。
 小南が驚いた表情からすぐハッと我に返ってなまえに近づいてくる。換装体になっている隊員を見るのは初めてだったので、まじまじと小南の姿を眺めてしまう。

「どうしたの?」
「ゆりちゃんが連絡くれたの。今日訓練で迅くんと木崎くんも来てるって」
「あっ! 連絡入れるの忘れてた!」

 やっぱり、と笑って言いながら、小南に二人を紹介してもらえるようにお願いをする。小南になまえさん、と名前を呼ばれて、迅と木崎らしき男の子とついでにもう一人男の子がついてきた。先に名前を名乗って続けてこんにちは、と挨拶する。

「メディア対策室の職員してます。みょうじなまえです」
「知ってる。根付さんの部下さんでしょ。おれが迅悠一で」
「俺が木崎レイジです。よろしくお願いします」

 二人に名前を教えてくれてありがとう、と礼を言った後にこれからよろしくお願いします、と改めて挨拶をする。迅と木崎の二人に挨拶を終えてから、なまえを見ていた残る一人の男の子に視線を向けた。

「えっと、そちらさんは? なにくん?」
「あ、こいつは太刀川!」

 取ってつけたように最後のひとりを指して、小南が残る一人の子の名前を教えてくれる。
 太刀川とやらは、小南に呼び捨てにされていることも気にせず、挨拶をしてきた。

「太刀川慶。忍田さんの弟子」

 そういえば縁故枠で忍田の弟子という男の子が居たことを思い出した。なるほど、目の前の彼が忍田の弟子らしい。どこかやる気のなさそうに見える、独特の雰囲気にこういう子が戦闘員で大丈夫なのだろうか、と思ったけれど黙っておく。門外漢は下手に戦闘面に関わる人間に口を出すべきではないと自負していた。
 迅たちへの挨拶がてら渡そう、と思っていたジュースが三本しかないことに気付いて、太刀川の分がないことに気付く。

「ひとまず温くなる前に渡すね。桐絵ちゃんたちに差し入れ」
「ジュースじゃん」

 反応をみるに喜んでくれているらしい迅と小南に先にジュースを渡し、木崎に渡すときに申し訳なさそうに太刀川を見る。

「太刀川くんが居ると思わなかったから、一本足りないんだけど……」
「えー」
「太刀川の分なんて要らないわよ!」

 容赦なく切り捨てる小南にどーどー、と言いながら木崎にジュースを渡せば、そのまま太刀川にスライドされた。
 太刀川は受け取ったジュースを断ることなく受け取っている。

「俺はいいので、太刀川に」
「じゃあありがたくもらっとく」
「木崎くんには、また今度玉狛に行ったときに、なにか差し入れるわ」
「そうしてください」

 ゆりちゃんと二人でつまめたりするものがいいかな、と考える。また何かの折にゆりに玉狛支部の総人数を確認する必要があるな、と頭の中でメモを記録した。
 子どもたちだけだと判断に困ることもあるかもしれない、と思い、制服のポケットから名刺を取り出して、小南以外の三人に配る。

「なにか相談したいことがあったら、気軽に声かけてね」

 そう声をかけながら名刺を渡すと、ひらひら、と名刺の両面を確認する太刀川から質問が飛んでくる。

「あれ、でもおねえさんメディアなんちゃらのひとじゃないの?」
「まだ本格的に動いてないから、雑務もしてるんだよ。だから困ってて誰に言えばいいのかわからない、とかあれば気軽に声かけて。大体メディア対策室にいるし、もしくは事前にこのメールに連絡くれてもいいし」

 太刀川の質問に答えて、四人とも納得した様子が見受けられたので、そろそろその場を後にすることを伝える。

「えー! もう帰るの?」
「根付さんに道草食っちゃダメって言われてるんだ」

 長居をしないように根付に言われていたのを思い出し、まだ居なさいよ、と甘えてへばりついてくる小南を宥めつつ訓練室を後にした。
 メディア対策室に戻りながら、考えるのは言葉を交わした四人のことで。ああもあからさまに若い子たちが近界民と戦わなければならない、という現実をまざまざと見せつけられてどうにも座りが悪い。
 どの子もきっといい子で、三門市という街がこんなことになっていなければ、おそらく普通に学校に通って青春など謳歌していたのだろう。自分が若いころに当たり前に享受できていたものが、彼らはできないと思うと、なんとも形容し難い気持ちになるのだ。
 しかし、子どもを戦わせる以外の方法がないことも、ボーダーに入隊したことで知っている。彼ら・彼女らに頼らなければ、一般市民は今まで通りに暮らすことなどできない。
 大人としてひどくもどかしいと思う。どんなに頑張っても一般市民から職員になった自分は、換装体になることはできないし、トリオン器官がこれ以上発達することはない。残酷なことだ、と思った。まるで雨が降る前の雲のようなどんよりとした気持ちでメディア対策室に戻る。自分のデスクに座りつつ、遅いよ、と根付に小言をもらい、すみません、と謝った。よほど顔色が良くなかったのか、根付が気を遣って声をかけてくる。

「どうしたの」
「……トリオン器官って、どうして大人になったら衰えるんでしょうね」

 自分の発言に根付が息を詰まらせたのが分かった。そんな根付の様子を尻目に思ったことをうわ言のように吐き出す。

「わたし、ちゃんと理解できてなかったんだと思いました」
「なにに対してだい?」
「〝子どもたちを戦わせる〟ということ」

 子どもしか救世主になることができないこの街で、大人という存在はとても無力でひどく無価値だ。
 換装体姿の子どもたちを見て、ようやくそこで戦場がすぐ身近にあることを肌で感じてしまった。資料で先に読んで状況は理解していたけれど、いざこうして顔見知りになった子たちが戦場を駆け回るのだと思うと、やっぱり歯がゆく思うのだ。

「退職するかい? まだ試用期間だし」
「いいえ」

 甘ったれたことを言った自分に根付から提案がされる。その提案は間髪を入れずに否定の言葉が口から飛び出した。

「甘えたこと言ってすみませんでした。わたしは、わたしにできるやり方で彼らを支援して、守ります」

 それくらいしか、わたしにできることはないので、と告げると、話を聞いていた根付がふっと口角を上げて笑った。

「ちゃんとわかってるじゃない」

 それが分かってるなら何の心配もしていないよ、と言われて、安堵の息を吐く。
 普通の広報部のような活動をしていては、戦闘員の子どもたちを守るのには足りないような気がして、そこでようやく思い立った。頭の中に浮かんだ答えを確認するために根付に問いを投げかける。

「だから、〝メディア対策室〟なんですか?」
「そういうこと。〝広報室〟ではだめなんだよね」

 投げかけたものが肯定されて、自分の考えが間違っていないのだと分かった。
 広報とは組織の考え方や計画、実際の諸活動を一般社会などに知らせるという意味だし、実際そういう活動をする。これは、発信側が発信したらそれで終わりだ。けれど、それでは足りないからメディア対策なのだと理解した。
 組織にとっての妨げやトラブルの引き金になり兼ねない情報や意図しない情報によって実際に起こったトラブルの対処をしたり。そういう類の活動をメインにしたいから〝メディア対策室〟なのだろう。

「仕事の方向性を再認識できたと思います」
「それはなにより」

 明日以降、メディア対策室としての活動を改めて見直す必要があるな、と感じた。
 もっと多角的にものごとを考えられないとだめだ、と自分を叱責する。
 自分が誤った方向に進んで、それが根付の関与してないときに起これば、矢面に立たされるのは小南や迅などの子どもたちなのだ。
 より一層、気を引き締めないといけない。
 ただでさえ理不尽なこの街で必要以上の理不尽に合わせないために居るのが自分なのだ、と眉宇を引き締める。

    §

 ボーダー内の基本知識などもすんなりと説明できるようになり、初回の一般募集合格の入隊者が後続の入隊者の世話を焼けるくらいになった頃、自分は外部説明用のボーダーのリーフレットを作成していた。
 ああでもないこうでもない、と頭を悩ませているところに、根付が新たな課題を言い渡す。

「なにが今一番必要だと思う?」
「出た、根付課長の質問方式」
「今は〝室長〟だよ」
「そうでしたそうでした」

 根付を室長と呼ぶことに慣れたと思ったけれど、たまに昔の癖が顔を見せて課長、と読んでしまう。
 目の前で呆れたようにため息を吐くこの上司は、前職にいたときからもそうだったが、部下に考えさせることを信条としている。
 その方がより部下が育つし、思考停止の癖がつくこともないからだ。
 一方的に教えるだけだと、人は思考停止になりがちだけれど、根付はそれをよしとはしない。
 仕事をしているときは常に考えなさい、と口酸っぱく言われた。
 問いかけられたことを咀嚼して、うーん、とペンを顎に当てながら唸る。それから、メディア対策室として動くように常々考えていたことを口にした。

「矢面に立つ部隊がひとつ欲しいですよね」
「ほう。それはどういう意図で?」
「ボーダーという組織はメインの戦闘員が若い男女です。思春期真っただ中な彼らに、軍隊のような統一した動きは、期待できないと思うんです。だって、若いから。でも、大衆はボーダーというラベルを貼って、一緒くたに見てくる。市民からの質問にAくんはこう答えたけれど、Bくんはそれと相反することを答えた場合、最悪炎上します」
「その通りだね」

 同意の返事をもらったことで自分の考えが間違えていない、という自信を持つ。

「だから、積極的に大衆─もとい、市民の目の前に立つ人間、いわば人身御供が必要かなって」
「人身御供ね……」
「人身御供は流石に言い方が悪いですけど。まぁ、要は広報でメインに出てきてくれる子たちがほしいかな、と」

 自分の考えを述べ終わったところで、根付がうんうんと頷き、それから合格、と言ってきた。今回ばかりは穴がなかったようだ。
 両手をパンッ、と音を鳴らして合わせた根付は、まるでなにかを仕切り直すかのように告げてくる。

「はい。じゃあ、きみはその人身御供になってくれそうな子、探して来て」
「えー!?」

 突然降りかかってきた課題に思わず、わたしが探してくるんですかぁ、と泣きそうな声を上げると、自分で言ったことなんだから自分で最後まで責任持ちなさいよ、と突っつかれる。正論過ぎてぐうの音も出ない。

「取り急ぎ、近々ある広報イベントに参加できる子で」
「え、あのイベント結局戦闘員つれて行くんですか?」

 企画していた本部基地完成三ヶ月にかこつけた広報イベントは、自分も参加するし内容もそれなりに噛ませてもらっている。
 大規模侵攻が起こった直後に行われたボーダーの会見以来、初の外部向けイベントだ。形が出来上がってから初のメディアへの正式な露出の場でもある。下手なことを言えば面白可笑しく記事にされてしまうので、回答内容には気をつけなければならない。すでに子どもを戦わせるなんて、と人権団体に目を光らせている情報も仕入れているので、隊員は出さない方針に決まったはずなのに。

「つれて行くんですか……」
「きみは大人だから、子どもたちを守りたい気持ちはわかる。けれど、実際の戦闘員をつれて行って、話をしてもらうことで納得する層もいるんだよ」
「それは、理解しています」

 これ以上の問答は不要だとわかるね、と言い聞かせるように言われた言葉にはい、と大人しく返事をすることしかできない。隊員をつれて行くとなると、なるべく模範的な思想の隊員をつれて行く必要があるし、そういう子を探して、事前にきちんとした打ち合わせが必要だ。なるべく早くそういう場に出てくれそうな子を探さなければならない。

「きみの見る眼は信頼しているからね」

 目元を緩めて優しい笑みを浮かべる根付からフォローが入った。

「根付課長……」
「私の次に、だけど。あと〝室長〟」

 前の癖が抜けない敬称を使用してしまい、おざなりに指摘される。室長も課長も変わらないですって、とおどけて見せると、雷を食らいそうな気配を感じ取った。あえて空気を読まず大袈裟にデスクから立ち上がって、メディア対策室を出る準備をする。職員証を見えるところに付け直して、それから根付に声をかけた。

「とりあえずちょうどいい子がいないか探しに訓練室に行ってきまーす」
「はいはい」

 戻ってきたら日報出してそのまま帰っていいからー、と言われたのではーい、と返事をしておく。そういえばスケジュールボードに書いてたけど、このあと司令部全体の会議だと言っていたことを思い出した。
 メディア対策室を追い出されて、やる気のない足でそのままC級の訓練室に目指す。訓練室に近づくにつれて、段々と子どもの数が増え、ついでに不思議そうな視線が自分に集まっているのが分かった。そうだね、おばさん普段はメディア対策室にいるからね、と内心でぼやく。

「しかし、十三や十四の子にどう話しかけろっていうんだ……」

 やや恨めしそうな声を出しながら、恨む感情は根付に念として飛ばしておく。こちとら二十四だぞ、と文句を吐き出せば、自分とボーダー隊員たちの年齢差に改めて泣きそうになる。
 普段から他の戦闘員よりは交流のある小南とは、十歳以上離れているのだと思うと、思わず頭を抱えそうになる。
 どうしよう、トレーニング室に行って何の用ですかおばさん、とか言われたら。生意気盛りの子どもたちならあり得る、とびくびくしながら若者たちの巣窟の訓練室に向かった。
 訓練室に足を踏み入れると、やっぱり先ほどと同様に視線を感じて居心地が悪い。知り合いでもいないかな、と視線をさ迷わせていると、背後から臀部に何かが触れる感触があり反射的に背中が粟立つ。
 背後を確認するために振り返ると、そこには見知ったサングラスを頭に乗せた迅の姿があった。

「迅くん」

 怒っていることが瞬時に伝わる声で迅の名前を呼び、それからへらへらと笑っている頬をきゅーっと抓ってやる。

「あいたたたたた」
「いたずらもほどほどにしなさいって言ったよね?」
「ごめんなさい」

 隙あらば女性の臀部を触る常習犯の迅を捕まえて、こんこんとやってはいけないことだと何度言い聞かせてもなかなか治らない。

「まさか学校でもやってるんじゃないでしょうね?」
「流石にやらないよ」

 疑いの目を向けると、生徒指導室に呼び出されることはしない、というので一旦その言葉を信じることにした。外部でもこういう行動をされて下手に騒ぎになったりすると、対応しなきゃいけないのは自分や根付なので、くれぐれもこういった行為はしないように、と注意する。はーい、なんて返事だけは立派なものが返ってきて、これ見よがしにため息を吐きたくなってしまった。
 話がまとまったところで、迅が不思議そうな顔をして質問してくる。

「おねえさんがここにいるなんて珍しいね?」
「今、広報イベントに参加してくれそうな子を探してるんだけど、迅くんいい子知らない?」
「広報イベント?」

 どういう内容のイベントか聞かれ、かいつまんで説明をすると、迅は笑っておれは無理だなぁ、と笑う。

「うん。わたしも迅くんに最初からお願いしようとは思ってない」
「ひどいなぁ。あー、太刀川さんとかは?」
「太刀川くん? なんで?」
「今週の総合ランキング一位、太刀川さんだよ」
「なるほど。戦闘員の一位をつれて行くのも一つの手か……」

 箔が付くかしら、とぼやきながら考えを巡らせていると、迅がなまえの顔をじっと見てから思案した顔をした。

「迅くん?」
「とりあえず、太刀川さんのところに行って、それから流れるままに訪ねて行ってみるといいよ」

 おねえさんの理想通りの相手に巡り合えると思う、と訳知り顔で言う迅に、以前軽く聞いたサイドエフェクトとやらのことが頭を掠めた。

「それも、サイドエフェクトとやら?」
「そんなところ」

 じゃあね、と挨拶をしてから迅は約束があったのか、訓練室の一つに入っていった。迅の言っていることはよくわからないけれど、ひとまず太刀川を訪ねればいいのだろう。近くにいた見知らぬC級隊員の子を捕まえて、太刀川の居場所を聞き出した。
 ラウンジで怒られているところを見かけました、と言われたことに不安を煽られる、言われたままラウンジに向かうと、ひとつテーブルで半泣き状態で、課題らしきものをしている太刀川と、見知らぬ六頴館高等学校の制服を着ている男の子がいるのが目に入る。六頴館高校の男の子はどうやら太刀川を見張っているらしかった。
 おそるおそる太刀川たちに近づいていって声をかける。

「あのー?」
「あ、おねえさん! 久しぶりー。どうしたの?」
「よそ見をするな。課題をしろ。太刀川」

 太刀川はなまえの姿を見て喜んだけれど、六頴館高校の男の子がそれを制して課題をするように促す。太刀川はいつもより覇気がなく、元気がない印象だ。

「あなたは」
「あ、メディア対策室職員のみょうじなまえです」

 名前を告げると、目の前の六頴館高校の男の子が名前を名乗ってくれた。

「風間蒼也です。こいつの課題が終わるまで逃げないように見張っています」
「風間くんは六頴館高校なんだね。わたしも卒業生でさ。制服見て懐かしくなっちゃった」
「え、おねえさん六頴館高校だったの? 賢いじゃん」

 勉強教えて~、と気が緩まるような声色で言われて、あはは、と乾いた笑いを浮かべてしまう。

「太刀川くん」
「うん?」
「もしかして、進級ギリギリなタイプ……?」
「今やっているこの課題を明日出さなければ、こいつは留年します」

 容赦のない風間の言葉に、太刀川を広報イベントに連れていくという選択肢は真っ先に却下した。
 この子を連れていくと、別の意味でなにかの火種になりそうで恐ろしい。こじつけられることをなんでもこじつけて、事実を歪曲させる輩が居ないとは限らないのだ。

「おねえさんは俺に何の用だったの?」
「あーっと、課題やってるなら大丈夫! 課題頑張って!」
「気分転換に行けるかと思ったのに……」

 椅子から立ち上がることすら許されていない様子が見受けられる情景に、苦慮せざるを得ない。ターゲットを太刀川から風間に変更して、聞くだけ聞いてみることにした。

「風間くんは、広報イベントに出られそうな子知らないかな?」
「広報イベント、ですか」

 初対面で質問されると思っていなかったのか、目をまんまるとさせた姿が、幼く見える外見をさらに幼くさせたように感じた。

「どういう人間がいいんですか?」
「理想としては、模範的になってくれる子、かな」
「模範的……小南とかではダメなんですか?」

 風間と自分の間に沈黙が走る。時間で言えば三拍くらいだろうか。
 女の子だからというのと素直すぎる、という理由で無意識に自分の中の選択肢から消していた存在を思い起こした。

「ちなみに風間くんはやらない……よね?」
「遠慮しときます」

 だよねー、と同意の返事をして、それから小南の居場所がどこか聞けば、ソロのランク戦をやっているという話だった。
 さっき訓練室行ってきたとこなのに、と小さくため息が漏れ出てしまう。

「訓練室に行ってくるよ。ありがとう。風間くんお疲れ様……本当に」
「いえ。忍田さんに任されたので……」

 気の毒だなぁ、と思いながら、俺は~? と反省の色が微塵も見えない太刀川には勉強ガンバッテネ! と明るい声でエールを送っておいた。
 ラウンジを後にして、来た道を戻り訓練室に再び向かう。

 訓練室にまた足を踏み入れたところで、ちょうどソロのランク戦が終わったのか換装体姿の小南を見つけた。その隣に見覚えのある男の子まで居るのが目に入る。二人に駆け寄っていって声をかけた。

「桐絵ちゃん」
「あれ、おねえさんどうしたの?」
「ちょっとお願いごとがあるんだけど……。っと、その前に。この間ぶりだね、合格してたんだ? よかったね」

 小南にお願いごとを説明する前に、彼女の隣に立つ先日入口まで案内した男の子に声をかける。
 声をかけた彼もなまえのことを覚えていたようで、お礼と言われた。

「あのときはありがとうございました。おかげさまでここに居ます」
「え、二人知り合いなの?」
「違う違う。彼が試験受けに来たときに、迷ってたから入口まで送っただけ。名前すら知らないよ」

 知り合いですらないよ、と言った後に、男の子が名前を名乗る。

「嵐山准です。これで知り合いですね」

 眩しい笑顔を向けられて、日光を直射したような気分を味わう。若いってすごい。それに加えて、笑顔の浮かべ方に既視感を覚えた。既視感の原因がわからず内心で考え込んでいると、すぐに答え合わせがされる。

「おねえさんには話してたけど、前に言ってた従兄弟の准よ」
「この子が! あぁ~、よく見たら二人似てるね。既視感覚えるわけだわ」

 それにしても遥か昔に聞きかじった〝顔が良い女の子の従兄弟は顔が良いという方程式〟は本当だったのか、と実感する。並んでいる小南と嵐山を見ると、ふたりとも髪が羽みたいになっていて面白い。ここまで似ている従兄弟に初めて会って感心してしまう。

「そういえばお願いごとって?」

 さきほど言おうとした話を小南が蒸し返したので、本題を説明する。

「近々広報イベントがあるんだけど、桐絵ちゃん出てくれないかなぁって」
「あたしが?」
「うん。旧ボーダー時代からいるベテランだし、強くて賢い桐絵ちゃんなら模範的な隊員として紹介できるし、是非紹介したいなって思ってるんだけど。どうかな?」

 用件を説明すると、小南が右手を顎に当ててなにかを考えているようだった。それから結論が出たのか、続いて質問をされる。

「…………それって顔が出るの?」
「え、あ、うん。三門新聞とかが来るイベントだから、写真は撮られたりすると思う」
「じゃあダメ!」

 突っぱねるように拒否をされて、思わずガーン、と落ち込んでしまう。小南の経歴や見目を合わせると絶対に広報に向いていると確信していて、それなりに仲の良さも構築しているから完全に当てにしていた。それを断られて凹むなと言う方が無理な話である。

「え、えーっ。どうしてもダメ?」
「顔が出るんでしょ? 無理!」
「なんでぇ~」

 終わったあと美味しいもの食べさせてあげるよ、とか言ってみても断固として拒否されている。どういうイベントで、どういう意図で、どういうことをやってほしいかを伝えても暖簾に腕押し状態だ。どうしたものか、と考えあぐねていると、黙って自分と小南の話を聞いていた嵐山が口を挟む。

「桐絵、どうして出たくないのか説明した方がいい」
「でも……」
「おねえさんはちゃんと聞いてくれる人だと思う」

 嵐山の言葉で自分が急いたあまり、小南ときちんと対話できていなかったことに気付く。
小南を覗き込むように上体を屈ませ、彼女の愛らしい顔を覗き込みながら、なるべく柔らかく優しい物言いで尋ねた。

「なにかできない理由があるのね?」
「あたし、ボーダーの戦闘員だって、言ってないの」

 か細い声で発せられた内容をさらに踏み込んで聞いてみる。大人にはわからない事情はあるのかもしれない。

「誰に?」
「学校の友達とか……習い事の友達とか……」
「なるほど。もしかして……桐絵ちゃんとしては、このままお友達には秘密にしたい、とか?」
「うん…………」

 親に叱られた子どものように唇をきゅっと噛む小南に、これ以上お願いをするのはだめだな、と理解して引き下がる。
 星輪女子などの女子校では、女子しかいない集団ということもあって、少し周囲と外れたことをするといじめが発生したりすることもらしい。そういうのを避けたいのかもしれない。そう考えると強要するのは間違いで。なんなら無理にイベントに出てもらって顔が大々的に知られてしまい、仲間外れにされたり、なんてことも考えられる。そこまでの責任を自分が取ることはできない。

「わかった。じゃあ、桐絵ちゃんは今後広報イベントはなしね」
「……いいの?」
「桐絵ちゃんの友達との関係とかを壊してまで、広報の仕事をしてほしいわけではないの。桐絵ちゃんがあんまりにも理想像にぴったりだったから、わたしも前のめりになっちゃった。ごめんね?」
「ううん」

 小南とは和解というわけではないが、一旦今後も広報イベントに関わらない、という方向で決まった。
 決まったが、それと同時に広報イベントの参加隊員探しが白紙に戻った訳でる。小南くらい見た目の印象もよくて、馬鹿じゃない隊員はいないだろうか、と熟考してみるが、ちょうどいい子が思い浮かばない。

「桐絵ちゃんさ、広報イベント出てもよさそうな子とか知らない?」
「太刀川とかは?」
「太刀川くんは、ほら、おつむがね……?」
「あぁ……」

 なまえの伝えたい意図が正確に伝わったようで、小南の視線が遠くを見つめているのが分かった。そうだよね、ちょっとね、頭の方がよろしくないよね、と内心で同意する。太刀川がこれで賢かったら言うことないんだけどな。天は二物を与えなかったようなので。
 困り果てていると、黙っていた嵐山があの、と声をかけてくる。

「ん? どうしたの?」
「そのイベントって、俺が出てもいいんですか?」
「嵐山くん出てくれるの……!?」

 まるで日照り地帯に突然雨が降ってきたかのような喜びと興奮で、反射的に嵐山の手を掴んでしまう。

「お、俺でよければ」

 頬を赤くして仰け反っているけれど、広報イベントに名乗りを上げてくれたので、正直天にも昇る気持ちだ。見た目も小南の従兄弟なだけあって、かなり整っているし、素行もよさそうな印象を受けるし、言うことがない。

「とっても助かる~! あ、あとできればもう一人連れていきたいんだけど、誰かおすすめいない?」
「おすすめですか……」

 んー、と腕を組みながら考え込む嵐山を見ながら、小南と嵐山の顔を見比べては息が漏れる。不思議そうな顔をしている小南の視線に気づいて、なんでもないよ、と笑みを返しておいた。
 ただ顔が良い二人組だな、と思っただけだよ、と胸の内で返事をしておく。
 各々で考え込むがなかなかいい案が出なくて困っているところに、嵐山を呼ぶ声が聞こえてきた。
 声がだんだん近づいてきて、嵐山の隣に彼と同じくらいの背格好の男の子が並ぶ。

「柿崎」
「そろそろ俺とのソロランク戦の約束の時間だけどって……」
「こんにちは」
「こんちわ」

 どうやらソロのランク戦を約束していたらしい嵐山と呼びに来たらしい。柿崎と呼ばれた彼は、スポーツ刈りでクラスに一人は居そうな、溌剌とした印象の子だな、と思った。そこでひとつの案が浮かぶ。口に出す前に嵐山があっ、と声を上げた。

「おねえさん。柿崎も一緒でどうですか?」
「え、あ、なにが?」
「嵐山くん。わたしも同じこと思い浮かんでた」

 ぐっと親指を立てて嵐山の提案を肯定した。困惑している柿崎に広報イベントについての説明をし、出てもらえないか、と交渉をする。

「多分意気込み聞かれて、軽い質疑応答があるくらいだと思うんだけど、どうかな? 嵐山くんとふたりでの参加になるんだけど」
「え、いいですよ。俺でよければ」
「ありがとう~!」

 柿崎の手を自分の両手で包んで上下に振る。これで当面の広報イベント参加はなんとかなりそうだ、と安心したおかげで息がほっと漏れた。
 詳しい説明は後日メディア対策室で行うので、嵐山と柿崎の二人の都合のつく日を教えてもらう。広報イベントの前日になってしまうけれど、仕方ない。学校にボーダーに、と彼らは忙しいのだ。
 こちらの予定も空けておくので、二人に広報イベントの前日の十八時にメディア対策室に来るように伝える。
 二人から了承の返事をもらい、ランク戦をするという嵐山と柿崎を見送ってから、小南が暇そうにしていたので他の子には内緒でジュースを奢ることになった。
 訓練室からすこし遠くにある自販機コーナーで自分用にレモンティーと小南用にオレンジジュースを購入する。
 自販機横のベンチに小南と二人で腰を下ろした。ジュースを差し出せば小南は素直に受け取る。
 カコッと音を立てて缶のオレンジジュースが開封されたのを尻目に、三五〇ミリリットルのペットボトルのレモンティーを開けた。こくこく、と二口ほど飲み込んでのどを潤わせる。

「はー、なんとかなってよかった。桐絵ちゃんもありがとうね」
「別になにもしてないわよ」
「桐絵ちゃんに会いに行ったからこそ、嵐山くんと柿崎くんに会えたわけだし」
「引き受けられなくてごめん」
「ううん。大丈夫。こっちこそ最初に無理言ってごめんね」

 申し訳なさそうにする小南の頭を撫でる。形のいい頭は撫で心地がいい。頭を撫でながら、ふと脳裏に過ったことを口にする。

「迅くんが言ってたのってこういうこと……?」
「迅がまたなにか言ってたの?」

 されるがままだった小南が動いたので、頭に乗せていた手を下ろす。

「桐絵ちゃんたちに会う前に会ったんだけど、〝おねえさんの理想通りの相手に巡り合えると思う〟って言ってたんだよね。これってわたしが嵐山くんたちに会うのが視えてたってこと?」
「……そうかもね」
「大変な能力だねぇ」

 能力って言っていいのかもわからないけれど、と添えると、小南が急に何を思ったのかぎゅうっと腕にしがみついてきた。

「どうしたの?」
「なんだか甘えたい気分だったの!」
「なにそれかわいいー」

 腕にしがみついて離れない小南を構いながら、思考は嵐山と柿崎のふたりを連れていく広報イベントのことを考えていた。

    §

 広報イベントを翌日に控えた日の夕方、メディア対策室に珍しく来客の姿があった。もちろん、事前に約束をしていた嵐山と柿崎の二人だ。
 イベントの準備で慌ただしいメディア対策室にやってきた二人は、忙しなく動き回るなまえの姿を見て驚いているようだった。

「あー! 二人とも来てくれてありがとう! 隣の部屋に入って待ってて。これ片付けたら資料持っていくから!」

 わかりました、と返事をした二人が、メディア対策室の隣にあるパーティションで区切って作られた小会議室に入っていく。それを見送りながら、一般客用に配るリーフレットやその他メディアに配布するもの、会場で使用するものを段ボールに詰め込んで、自分のデスク横のスペースに積んでいった。気付けば段ボール三つ分の大荷物になっている。あとで台車を借りに行かなきゃ、と思いながら、資料をかき集めて根付に声をかけ、小会議室に入ることを伝えた。

「根付課長ー、明日参加してくれる隊員の子たち来たので、小会議室に居ますね」
「私も一応挨拶しておくよ。あと〝室長〟」
「あっ、すみません。わかりました」

 二人が待っている隣の小会議室に移動する。ドアを開けると、二人は反射なのか立ち上がって礼をした。この行動がなにも言わなくてもできるのだから、普段も品行方正なのではないだろうか。
 二人に謝りながら、二人が座っている席から机を挟んだ反対側の椅子に座る。

「二人とも明日はありがとう。改めて、メディア対策室のみょうじなまえです」

 苗字と名前を告げ、それからバトンを渡すように根付の紹介をする。

「こちらは知ってるかもしれないけど、」
「メディア対策室室長の根付だ。二人とも明日のイベントへ参加してくれると聞いている。ご協力ありがとう」

 いえ、と謙遜する二人に、座って、と声をかけて椅子に座らせる。自分も座り、根付は座らずにそのまますぐ準備に戻るから、と立ったまま話を続けた。

「イベントに参加してもらうに当たって、私からのお願いは一つだ」
「お願い、ですか?」
「きみたちの発言が聞いた人にどう伝わるか。どう思われるか。そういうことを考えて話してもらえたらと思う。よろしくね」

 それだけを伝えると、私は戻るよ、と言って根付は小会議室を後にした。二人は根付の発言を受け取って、神妙な顔をしたり、不安そうな顔をしている。
 ちなみに前者が嵐山で後者が柿崎だ。
 場の空気を換えようと極力明るい声で二人に話を切り出す。

「明日は本当にありがとう。二人のおかげでわたしはとても助かっています」

 根付の言葉に面を食らったかもしれないので、極力不安などを煽らないように言葉を選んで詳細を説明していく。言っていいこと、言ってはいけないことはボーダーで最初にサインする承諾書の内容と同じことを伝えた。
 一般市民は入隊試験に合格した者が、トリガーという特殊なアイテムを使って変身し、近界民と戦っていると思っているのだ。そのイメージは崩さない方向で話を進めてもらう。技術の方向に質問があった場合は拒否していいとも伝え、自分が明日の司会進行だからその場で止めに入ることも伝えた。
 明日のイベントは名目としては、ボーダーの本部基地完成三ヶ月を記念してのイベントということ。その一部で新しく入隊した隊員を紹介する場を設けること。そこで意気込みや質疑応答を聞かれることが想定されること。これらを伝えた。

「で、大体想定される質問項目をまとめたんだけど……目を通してもらってもいいかな?」

 持ってきていた資料の中から、想定される質問項目をまとめた二枚の紙をそれぞれ二人に渡す。内容としては、おそらく今の気持ちは、とか、家族は反対しましたか、とか、普段はどういうことをしてますか、とか。そんなことが考えられることを伝えた。

「これくらい答えるのは大丈夫だと思います」
「俺も、大丈夫だと思います」

 快い返事をしてくれた二人に本当に感謝をしながら、懸念されることを追加で説明する。

「質問に素直に答えてもらったらいいから。……あと、次のページ見てくれる?」

 二人が質問を書いた紙をめくって、二枚目に目を通す。

「これは……」
「これは、もしかしたら、聞かれるかもしれないこと」
「もしかしたら、ですか」

 嵐山と柿崎にはもしかしたら、と説明しているけれど、個人的には十中八九聞かれることだと思っている。意地悪な大人というのはどこにでもいて、楊枝で重箱の隅をほじくるようなことをしてくるのだ。

「答えは事前に考えておかなくていいよ。事前に考えて話していることって案外相手に伝わるの。だから、頭の片隅にでも覚えておいてくれたら、それでいいから」

 わかりました、と二人声を合わせて返事をするものだから、なんだかおもしろくなってふふっと声を漏らして笑ってしまった。

「それじゃあ、明日のイベントよろしくね。頑張ろう」
「「はい!」」

 小会議室を出る二人を見送る前に、メディア対策室に戻って、備え付けられている小さな冷蔵庫から五〇〇ミリリットルのペットボトルを二本取り出し、二人の元に戻る。わざわざ訓練の合間に来てくれたお礼として、あらかじめ買ってあったスポーツ飲料を二人に渡した。明日はお礼にどこかに食べに連れて行ってあげる予定だ。

「二人ともこの後は?」
「訓練室に行く予定です」
「明日できない分今日やっておこうって決めて」
「真面目だねぇ。あんまり遅くならないようにね? それじゃあ明日は入口に八時三〇分集合で! 遅刻しないように!」

 わかってますよ、と返事をして嵐山と柿崎は並んで訓練室に向かって行った。二人の背中を見送ってから、残っている仕事─主に明日の準備だが─を片付けるぞー、と意気込んでメディア対策室に戻っていく。

 イベント当日、前日の天気予報の通りに天気は晴れだった。朝起きて顔を洗い、朝食を食べ終わったあとに、通勤服に着替えながら窓の外を見ると、雲は点々とあるけれど青空が見えている。
 雨だから広報イベントが中止になる、とかはないけれど、やはり晴れている方が気分はいい。部屋の中の蛍光灯やテレビなどがすべてオフになっていることを確認してから家を出た。
 家から二十分ほど歩けば本部基地が見えてくる。
 時刻はまだ七時三〇分だけれど、嵐山と柿崎が来るまでに、準備をあらかた終わらせておく必要がある。
 本部基地の入り口でトリガーをかざして中に入り、一直線にメディア対策室に足を進めた。メディア対策室に到着すると、すでに部屋の明かりが点いている。まさか、と思ってメディア対策室の中を覗き込むと準備をしている根付の姿があった。

「おはようございます。室長」
「おはよう」
「今日も負けたぁ」
「遅刻はしてないけどね。前の会社みたいに部下が早く来なきゃとか思わなくていいよ?」
「それはわかってるんですけど……落ち着かないんですよね」

 前職での癖がどうにも染みつきすぎていて、上司に先に出勤されていると、ムズムズとした気分になってしまうのだ。
 前職場は下っ端こそ誰よりも早く出勤、という暗黙のルールがあった。
 平日は自分の方が早く出勤することが多いけれど、イベントごとなどの日は如何せん負けが多い気がする。
 自分のデスクに一旦バッグなどを置く。
 メディア対策室の奥にある更衣室で通勤着のジャケットを脱いでスカートに着替え。ロッカーのハンガーに掛けてあったボーダーの制服のジャケットを手に取り袖を通した。

「とりあえず、嵐山くんと柿崎くんが来るまでに準備終わらせます」
「それがいいね。台車とかは?」
「昨日申請出して許可はもらえたので、取ってきます」

 よろしく、と言う根付に見送られながら、メディア対策室を出て備品庫に向かう。土曜日の朝だからか、人はまばらだ。すれ違う人の大半に隈ができているからおそらく開発室の職員や隊員なのだろう。
 備品庫に到着し、管理をしている職員にメディア対策室から来ましたー! 台車一台借りますー、と声をかけると、貸出帳を持った職員が現れて、名前と貸し出し時刻と何所所属か書くように促された。それらを記入して、台車を拝借する。
 備品庫を後にしてガラガラと音を鳴らしながら台車を押した。これに全部載せきれるかしら、と一抹の不安を覚える。
 台車を押してメディア対策室に戻ると、そこには根付以外に嵐山と柿崎の姿があった。

「え! 時間間違えた?」

 焦って自分の左腕の腕時計を確認すると、時刻は八時を指しているところだ。焦った。

「昨日、嵐山と手伝えそうなことあるかもしれないから、早めに行こうって相談して」
「メディア対策室ってお二人だけなんですよね? 人手があった方がいいかと思って」

 ダメでしたか? と眉をハの字にして見つめてくる嵐山と柿崎の二人に、すかさずお礼を言う。

「いや、お手伝いしてくれるのはとても嬉しいよ。ただでさえ善意で参加してもらうのに、準備までって申し訳ないなって」
「全然大丈夫です! お手伝いできることがあるなら喜んで。な、柿崎」
「おう」

 快い返事をしてくれる二人のひとの好さに頭が下がる思いだ。自分が同年代だったときなんてこんなに善意に満ち溢れていなかったと思う。
 二人の言葉に甘えて、台車に段ボールを積むのを手伝ってもらった。部屋を出る前に、デスクの引き出しに入れてある鍵を制服のポケットに入れる。
 会場までは車で移動する予定なので、すべての資料を乗せた台車を押しながら嵐山と柿崎の二人を連れてメディア対策室を出た。
 根付はあとからやってくるそうだ。台車を押しつつ、たまに段ボールの上に乗せていた紙ペラが落ちれば、嵐山か柿崎が拾ってくれる。
 駐車場に到着したところで、二人に台車を見ていてもらうように頼んだ。
 ボーダーのロゴが印刷されている車が並ぶ中、駐車場の一番入口に近いところに留めてあるミニバンが、メディア対策室が主に使用しているものだ。
 それに乗り込んで、先ほどデスクから引き上げてきた鍵を差し込む。鍵を回す前にブレーキを踏んで、シフトレバーがパーキングになっているのを視認した。鍵を回してエンジンをかかったのを確認すると鍵から手を離す。
 シフトレバーをドライブにして、それからブレーキに乗せた足を放し、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
 車を前進させて、後部座席に荷物が積みやすい位置まで動かす。
 ちょうどいい場所まで移動させ、停車させた。
 ブレーキを踏んでシフトレバーをパーキングに戻し、それからエンジンを切る。動かなくなったのを確認し、バックドアのロックを解除して、鍵を差したまま運転席を降りた。
 待っていた嵐山と柿崎に、台車をバックドア前に運んでもらおうと声をかける。すると何故か目をキラキラとさせながらなまえを見ていた。

「ふたりともー、こっちまで台車お願いできる?」
「え、ああ、はいっ」

 慌てて押そうとする二人に、慌てなくて大丈夫だよ、なんて言いながらバックドアのドアを上に上げる。三列目の座席を倒して荷物が積めるようにした。
 二人がバックドアの前に台車を押してきてくれたので、台車の段ボールを持ち上げて倒した座席の上に積んでいく。一箱積み終わって次の、と思って振り返ると、嵐山と柿崎が一箱ずつ持ち上げて待ってくれていた。避けて二人に上にそのまま空いてるところに乗せていいよ、と告げる。最後の一箱は自分がもう一度持ち上げて、すでに積んだ段ボールの上に乗せた。手伝ってくれた二人に謝りながらバックドアを下ろして閉める。

「ごめんねぇ。こんなことまで手伝わせちゃって」
「いえ!」
「大丈夫です!」

 元気よく返事をする二人にありがとう、と礼を言って二列目の座席に座るように伝えた。二人が後部座席のドアを開けて乗り込んだのを確認する。根付に準備ができたことを連絡しようとしたところで、背後から根付が現れた。

「今ちょうど連絡差し上げようと思ったところでした」
「それはよかった。運転、任せていいね?」
「はーい」

 助手席に乗り込む根付を尻目に運転席に戻った。運転席に座って、シートベルトを着け、全員乗り込んでいることを確認する。

「それじゃあ行きますか」

 さきほどと同じ手順でエンジンをかけ、駐車場から出てイベント会場を目指した。
 無音の車内で何かラジオでもかけた方がいいかな、と思いカーナビを操作しようとすると、嵐山が話しかけてくる。

「おねえさん、運転できるんですね!」
「運転できるなんてかっこいいです」

 子どもたちからキラキラとした目で見られていた理由が分かって腑に落ちる。なるほど、運転姿に感動─と言っていいのかはわからないが─してくれていたらしい。運転する姿を褒められるなんてあまりないことだから、少し照れてしまう。

「この子、運転だけは上手いから安心していいよ」
「運転だけってなんですか。もう……」

 大学時代に免許を取得したが、実家でよく母の買い物の運転手をしていた。そのおかげで運転は嫌いではない。なんなら、家族で旅行に行った際も父と交代しつつ、遠出もよくしたものだ。
 社会人になって運転する機会が減るかと思ったけれど、たまに社用車を運転することがあったので、案外運転スキルは落ちていないと思う。

 本部基地を出発してしばらくすると、今日のイベント会場である市民会館が目に映った。前に訪れたのは自身が高校生のときでは、と記憶を掘り返しながら、車を玄関前に一度停める。
 運転席を離れるわけにはいかないので、根付に段ボールの積み下ろしをお願いした。すると、嵐山と柿崎が俺たちも手伝います、と言うのでお言葉に甘えることにする。三人が車から降りたので、運転席からバッグドアのロックを解除し、荷物が下ろされるのを待つ。
 少しするとバックドアがバンッ、と音を立てて閉められた。
 駐車場に向かって大丈夫かな、と考えたところで、運転席の窓をノックされる。窓越しに嵐山の姿があった。窓をスイッチを押して下ろすと、嵐山が話しかけてくる。

「根付さんが先に会場に運んでおくって言ってました!」
「了解。嵐山くんもありがとうね。根付室長の方手伝ってあげて。駐車場に車置いたらすぐに向かうから」
「わかりました」

 危ないから離れててね、と声をかけて車を発進させた。
 市民会館の中に入っていく嵐山の姿をサイドミラーで確認しながら、自分は駐車場まで車を移動させる。
 難なく駐車も終えて車を停車して降りた。念のため、市民会館の事務所に寄って挨拶をしておく。事前に車を駐車させてもらう約束はしていたが、なにかあってからでは困るので。
 市民会館の事務所に足を運んで挨拶をし、イベントが終わるまで駐車場のひとスペースを借りる話をする。職員の男性は聞いてますよ、という対応だったので、内心でほっと胸を撫で下ろした。情報はキチンと伝達されているようなので安心する。
 職員への挨拶を終え、借りてある大会議室に向かう。市民会館の三階にある部屋なので、三階まで階段で上るのにまぁまぁ体力を消耗した。
 大会議室に足を踏み入れると、そこには早速準備に取り掛かっている三人の姿がある。なんなら、柿崎と嵐山でメディア・企業や団体向けのリーフレットを並べてくれているようだ。
 またこちらからお願いする前に、自分たちから言ってくれたんだろうな、と思うと、自分の人選は間違えてなかったんだなぁ、と自信を持った。
 やっぱり、根付の言う通り、ひとを見る目があるらしい。あとついでに運がいいのもあるけれど。
 今日のスケジュールとしては、メディア・企業や団体向けの記者会見で、リーフレットを配ったり、質疑応答の時間を設けることにした。
 自分は根付の手伝いをするために、持ってきていたパソコンを起動したり、プロジェクターの準備に手をつける。
 四人で準備をすると思ったよりも早く終わり、メディアや企業・団体が来るまで三十分はあるようだ。
 根付に声をかけて、飲み物か何か買いに行こうと大会議室を出ようとすると、飲み物を持つのを手伝ってくれるということで嵐山がついてきた。
 二人並んで会議室を出て、市民会館一階の玄関ホールにあった自販機に向かう。三階から一階までの階段を降りながら、無言なのもどうかと思って嵐山に話題を振った。

「そういえば、嵐山くんって桐絵ちゃんに反対されてたんだよね?」
「あぁ、そうですね。もしかして、おねえさんにもなにかご迷惑を……?」
「迷惑ってほどじゃないよ。ゆりちゃんと二人で話聞いてあげただけ」
「すみません………………」

 頭を抱えて謝ってくる嵐山に、本当話聞くくらいなんともないから気にしないで、とフォローを入れながら話を進める。

「どうやって説得したの?」

 二人が従兄妹と知った日の帰り道、ふと思い出したのだ。小南が大変お怒りになっていた件を。
 もしかして嵐山が件の従兄弟なのでは、という考えに至ってから、ずっと気になっていたことだ。
 嵐山や柿崎を見ていると、善人が染みついているな、と感じてしまう。どういう育て方をしたらこんないい子に育つのか、二人のご両親に聞いてみたいくらいだ。

「秘密です」
「えー。秘密なの?」

 なにか隠したいことがあるらしく、詳細は教えてもらえなかった。これ以上掘り下げることはできないかな、と思っていると、でも、と話を続けてくれるようだったので、視線を嵐山に向ける。一段先を歩いていたから、少し下に合った目線がまっすぐとなまえを見た。

「身近な人を自分の手で守れるから、ボーダーに入隊した意味があると思います」

 嵐山の目には信念のような力強さを感じる。この目を見た瞬間、この子はヒーローになりたいから、とか、トリガーがかっこいいから、という多くの入隊希望者とは違う目線で入隊しているのだと実感した。初めは家族や自分の周りのひとを助けたいと思ったのだろう。それを確実にできるのがボーダーという組織だから。そして同時に、自分の手で守りたいからこそ、小南の反対を押し切って入隊したのだろう。

「嵐山くんはかっこいいねぇ」

 思わずそんな言葉が口を衝いて出た。
 純粋に家族や身近のひとを守りたくてボーダーに入ったことは、高尚なことだと思う。

「そんなことないですよ。……おねえさんは、どうしてボーダーに入ったんですか?」

 まさか自分の入隊理由が聞かれると思わなかった。予想してないところからの会話の返球に驚いて目を丸くしてしまう。
 話している間にいつの間にか玄関ホールに着いて、自販機で飲み物を買うために、ポケットから財布を取り出して小銭を投入口に入れる。

「わたしはね、壊れていく街になにかしたかっただけなの。自己満足」

 それに根付課長についていきたかったっていうのも大きいかなぁ、とおどけて理由を説明する。

「〝課長〟……?」
「うわっ、またやっちゃった」

 適当に五〇〇ミリリットルの飲み物を適当に選び、ガコンと取り出し口から落ちてきたペットボトルを取る。

「わたしね、前の会社でずーっと根付室長の部下だったの。課長呼びもそのときの名残でね」

 四本ペットボトルを腕に抱えて自販機を離れ、大会議室に戻ろうとすると、腕の中の二本─どちらもスポーツ飲料だ─を嵐山に取られてしまう。階段をのぼりながら、あの日のことを思い出しながら話した。なんでもない日常を生きることはできたけれど、この街のためになにかしたいという気持ちが強くなって行く中で、根付がボーダーに誘われたと耳にして。衝動的にそれに飛びついて自分もついて行きます、と会社を辞めてボーダーに入るために三門市に戻ってきた、という話をした。

「……おねえさんだって十分かっこいいですよ」
「え~。お世辞でもうれしい、ありがとうね」

 笑いながら、褒められた言葉を素直に受け取ると、嵐山が顔を逸らして、何か言ったようだった。
 三階に戻ってきて、嵐山は柿崎にスポーツ飲料を渡し、自分は根付にミネラルウォーターを渡し、自分用に買ったレモンティーのペットボトルを開ける。正式な場に参加するのは今回が初めてなので、柄にもなく緊張しているのか、のどが渇いていたことを今更自覚した。プロジェクターで壁にボーダーのエンブレムを表示して、パソコンがきちんと操作できることを確認する。
 動作は問題なさそうだ。
 受付時間になると、続々とメディアや企業・団体の人間がやってくる。
 流石にここまでを嵐山や柿崎にお願いはできない。
 なので、二人には根付と一緒に会議室のモニター付近で待っていてもらうことにした。
 大会議室の後ろの出口の側に机を置き、受付はこちら、と案内の紙を貼る。そこに立ち、受付として社名や団体名、担当者の名前を控えていった。
 あらかじめ用意していた座席の大半が埋まる。急に現れたボーダーという組織に興味津々なのがよく分かった。
 開始の時刻になる頃には、用意してあった席の八割が埋まり、大々的な告知をしなかったとは言えそれなりに集まったことに驚く。受付から移動し、大会議室の前方に作った司会用の席に座り、マイクのスイッチを入れた。

「本日はボーダー広報イベントにお集まりいただき、誠にありがとうございます。本日司会進行を務めます、」

 メディア対策室の職員であることと名前を名乗る。周囲の視線が自分に集中したのが分かるが、これくらいなんてことはない。笑顔を浮かべて、最後によろしくお願いいたします、と定型の挨拶で閉めた。
 最初に根付がボーダーという組織について説明を行う。
 現在ボーダーがどういう状況なのか、どういった支援を求めているのか、今後の活動内容についてなど、事前に開示してよい、とされたものを発表した。それを聞きながら、聴衆の様子を伺ったり、嵐山と柿崎の姿を見たり視線を動かす。二人は真剣に根付の話を聞いてくれているようだった。当初の発表が終わり、次の項目に移行する。新規入隊隊員の紹介だ。
 嵐山と柿崎にボーダーのエンブレムの前に移動してもらい、二人のことを根付が紹介する。

「ボーダー本部基地完成から三か月。このたび新しく正隊員に加わった若者たちです!」

 根付の新入隊員紹介の後に、意気込みを、と促されて柿崎が口を開いた。

「街と市民の皆さんを精いっぱい守ります!」

 意気込みを話してもらったところで、進行予定表の通り質疑応答に移った。記者からさまざまな質問が飛んでくる。今の気分は、とか、家族の反対はありましたか、とか、学校では普段どんなことを、とか、彼女はいますか、とか。ここまで事前に渡してあった紙に書いていた質問と大差のない質問だ。
 一人の男性が手を挙げたので、その人を指名する。

「次の方、ご質問をどうぞ」
「次に大規模な近界民の襲撃があったら、街の人と自分の家族どっちを守りますか?」

 嫌な質問内容だ、と真っ先に思う。
 昨日二人に見せた質問内容の項目に類似の質問は入れてあったけれど、回答を考えておく必要はない、と伝えたのがあだになったか。けれど、こういう質問ほど隊員の生の回答を求めてくるものだ。
 視線を向けると柿崎が言い淀んでいるのが目に入った。
 焦っているのが見て取れる。フォローを入れるべきかどうか迷っているところに、嵐山が少しも淀みのない声ではっきりと言い切った。

「それはもちろん家族です。家族を守るためにボーダーに入ったので」

 嵐山の発言がまるで波紋のように場をざわつかせた。
 この場をどう収集つけるべきか悩みながら根付に視線を向けると、根付の視線は嵐山を捉えている。場の空気が良くない中で質問が飛び交った。

「じゃあ、いざって時は街は守らないってことかい?」
「先の侵攻で親や兄弟を失くした人もいる。そういう言い方は良くないんじゃないかな?」

 予想していた通り、反ボーダー思想の団体の揚げ足を取るような言葉が嵐山に降りかかる。
 場を無理に切り上げようとマイクのスイッチを入れようとしたところで、嵐山が表情を崩さずに回答を続けた。

「家族が大丈夫だと確認出来たら、戦場に引き返して戦います。家族を亡くされた方もそうでない方も、ここにいる皆さんの家族も、この身がある限り、全力で守ります」

 はっきりと笑みを浮かべ答えて見せた嵐山の姿に思わず根付とふたりで目配せをする。お互い考えていることは同じだろう。この子は当たりだ、とそう思った。

「家族が無事なら、何の心配もないので、最後まで思いっきり戦えると思います」

 嵐山の文句なしの回答に記者が静まり返る。
 嵐山をこの場に連れて来ることができたのは、嬉しい誤算だ。
 こんなにうちの部署に向いている子がいると思っていなかった。
 棚から牡丹餅というのはこのことを言うのかもしれない。
 静かになった記者たちのことを気にした様子もなく、嵐山は言葉を続けた。

「その時に仲間がいると心強いので、たくさんの人にボーダーを応援してもらえると嬉しいです。ご支援よろしくお願いします!」

 頭を下げた嵐山にカメラのフラッシュがたかれる。補足するように根付が口を開き、ボーダーでは常に新しい隊員や職員を募集している話に紐づけた。
 イベントの記者会見時間が終わり、来客を見送る。
 何人かは根付に話しかけに行って名刺を交換しているようだった。スポンサーの一つでも増えてくれたらいいけれど、なんて思う。そのあたりは唐沢がやっているだろうから、メディア対策室で主に動くことはない。
 大会議室からボーダーの人間以外が居なくなってから、はぁぁぁ、と大きな息が漏れた。嵐山と柿崎に駆け寄って、思わず謝罪をする。

「いやもう、本当ごめんね……。嵐山くんが上手く切り抜けてくれてよかった……」
「おねえさんに見せてもらった質問ばかりだったから、大丈夫でしたよ」

 笑顔でなんでもないように言う嵐山を見るに、本当に焦ったりとかしていなかったのだな、と思う。あの発言は彼の真意なのだと再認識した。

「いやでもあの嫌な質問も良く答えてくれて……。柿崎くんもいい感じに意気込み言ってくれてありがとう。助かりました」
「いや、俺は……。嵐山みたいにうまく答えられなかったし……」
「なに言ってるの。柿崎くんの意気込みすごく感じが良かったよ! 何人かのメディアの人がおぉ、ってなってたの見たもの」
「ならいいんですけど」

 その場にいたから、という理由で選ばせてもらった二人だけれど、あのとき選んだ自分を自画自賛したいくらいに、今日の出来は良かったと思う。
 主に嵐山と柿崎の二人のがそもそもボーダーにいたおかげだけれど。

「嵐山くんも柿崎くんもありがとう」

 改めてお礼を言って頭を下げると、二人は慌てて顔を上げてください、と声を合わせて言う。
 今日のメインイベントはなんとか無事終えることができたので、会場の片付けをして、それからお礼に昼食を御馳走することにした。