「はーい、今日から一週間だけみんなと一緒に授業を受けるみょうじなまえさんです。みんな仲良くするように!」
五条先生が連れてきたのは、釘崎より五センチほど小柄で普通の女の子、といった感じのなんだかこの世界に似つかわしくない子だった。黒の大きめのジャージをダボっと着ていて、ジャージの下には白のスカートを履いているのが見える。すらっと伸びた足は細くて今にでも折れそうだと思った。
「みょうじなまえです、短い間ですがよろしくお願いします」
「はい!なまえの席は悠仁の隣の窓際ね」
「え、いいよ。廊下側で」
「いいから。外も見れた方がいいでしょ」
いつ持ってきていたのかわからないが、朝には俺の隣に置かれていた空いている座席に彼女が座る。
「えっと、悠仁くん?だよね。よろしくお願いします」
「虎杖悠仁。こちらこそよろしく!」
握手をしようと思って手を差し伸べると、おずおずと目の前の彼女は手を差し出してきて、それから俺の手を掴む。手が触れあったときに、なんだか背中のあたりがざわついた気がするけれど、きっと気のせいだろう、と気にも留めなかった。
みょうじと同じ教室で過ごすこと早二日。どこかのお姫様か?と思うくらい、言動がふわふわしているし、世間知らずな印象だけが残った。釘崎が次の休みは原宿に一緒に行こう、と言えば、原宿ってどこ?って返すし、先輩たちが出張のお土産でくれるお菓子にも興味津々といった様子でいろいろなことを聞いてくる。いつも楽しそうにしているからまだいいけれど。伏黒はみょうじを不審に思っているようで、あまり仲良くしようというつもりはないらしい。一週間で深められる親交もたかが知れていると言ってしまえばそれまでだが。
呪術に関する授業を行うときは、みょうじはいつも見ているだけだった。術式は持っているらしいし使えもするらしいが、授業で使うには些か被害が大きく出すぎるから見ているだけでいい、と言ったのは五条先生で。言っている意味がよくわからなくて首を傾げていると彼女が寂しそうに笑ってはぁい、と返事をしているのが見えた。
「あいつの術式ってなんなんですか?」
「んー?恵、知りたいの?」
「興味はあります」
「そうだねぇ、言霊で呪霊の魂の抜き出して破壊することかな」
「へー。それで被害が大きく出すぎるっていうのは?俺たちに被害が出るの?」
「彼女の術式、まだ未完成でね。周囲というよりは自分への反動が大きいんだよ。だから任務以外ではあまり使わないようにさせてるの」
「ふぅん」
みんながどうやって鍛錬してるかとか授業を受けてるとかを見せて、なにかヒントになればいいと思って連れてきたわけ、と五条先生は言葉を続ける。術式を持ってるというだけでも俺からしたら羨ましいが、反動が大きいというのは難儀そうだなぁ、とも思った。術式を使いこなすってやっぱり大変なんだなぁ、と感じる。
結局、みょうじは授業や鍛錬の授業を受けるだけ受けて約束の期間が終わると、教室には来なくなった。最初から分かっていたことなのに、どこか寂しさを覚えるのは間違えているのだろうか。術式を使いこなせるようになったら、また一緒に授業を受けられるかもね、なんて言った先生の言葉を話半分に聞き入れておくことにする。
▽ ▽ ▽
任務を言い渡されて、伊地知さんが迎えに来るという高専内の駐車場に行けば、そこには数か月前に一緒に過ごした姿があった。
「みょうじ!」
「悠仁くん。今日の任務一緒なんだってね、よろしくね」
「こちらこそよろしく。みょうじ、前に比べてちょっと痩せた?」
「……そうかな?自分では特に気づかなかったなぁ」
「ならいいけど」
「二人とも目的地に向かいますよ」
伊地知さんに呼ばれて二人で後部座席に乗り込んだ。走り出した車の中で伊地知さんが任務の内容を説明してくれる。それを聞きながらちらり、と隣を見ると、やっぱり以前会ったときよりも痩せているような気がした。
車に揺られること二時間。目的の廃学校に到着する。建物がおぞましい雰囲気に包まれているのが分かった。この中に呪霊がいるそうで、元々数体いた呪霊が気づけば一体に統合されていて強力な呪霊に変化してしまったらしい。それを祓うのが今回の任務だった。
下ろされた帳の中にみょうじと二人で入っていく。伊地知さんには終わり次第、連絡を入れることになっていた。一番呪霊の気配が強い方向へみょうじが先導して歩いていくので、その後ろに続く。
「みょうじはあのあとどうしてたんだ?」
「あのあと?あぁ、今まで通り術式の練習とかそのへん」
「ふぅん」
「悠仁くん、ここだよ」
足を止めたのは職員室の前で、どうやらここに今回祓う予定の呪霊がいるらしい。がらっ、と音を立てて職員室のとびらを開けると、中にはなにもいなかった。足を踏み入れると、その瞬間なにかに囲まれたのが分かる。咄嗟にみょうじの腕を掴んではぐれないようにしたのは条件反射だった。
「大丈夫か?」
「大丈夫。でも、相手の領域に取り込まれちゃったっぽいね」
「あー、これ、領域展開か」
「うん。まずは相手をどうにかしないとね」
みょうじが指を差した方向を見ると、首が上下逆転して身体がひしゃげているおそらく人間だったなにかが目に映る。呪霊に一撃を入れてみて様子を見ようと、死角から近づいて逕庭拳を打ち込むが効果があった気配はない。即座に離れて呪霊から距離を取った。やっぱり領域内だとできることが限られてしまう。万事休すかと思えば、近づいてきたみょうじが話しかけてきた。
「この領域、どうにかするから、悠仁くんがあいつに止めさしてくれる?」
「わかった」
彼女が呪霊と向き合い、言葉を唱え印を組むと領域に包まれている感覚が薄くなった。彼女の手は空を掴んで、それからぐっとその拳を自身の身体の方に引き寄せる。すると、呪霊が悲鳴を上げてのたうちまわり、いつのまにか領域が晴れて先ほどまでいた職員室に戻ってきていた。
「悠仁くん!」
「わかってる!」
あちこちの壁に身体をぶつける呪霊に逕庭拳を打ち込めば、耳障りな悲鳴とともに消えた。任務が無事終わったことにほっと息とひとつ吐くと、背後でごとん、と音が鳴る。振り返ると、みょうじが倒れていた。
「みょうじ!?」
「いいの。ありがとう、悠仁くん」
近づいて穏やかに浮かべられた涙交じりの笑みに困惑しながらも身体を抱き上げれば、軽くて驚いた。口元に耳を寄せて呼吸を確かめると、弱々しい呼吸音しか聞こえない。急いで伊地知さんに連絡を入れると、すぐに戻ってくるように言われる。
必死に走って、伊地知さんのところに戻って、急いで高専まで車を走らせたけれど、みょうじの呼吸は高専に着く前に止まってしまった。
高専に着くなり家入さんのところに連れていくけれど、彼女に見せる頃にはもう手の尽くしようがない、と首を横に振られてしまって。また、ひとを助けられなかった。
「悠仁、おかえり」
「先生、」
「少し話そうか」
救護室のみょうじの横たわるベッドの隣でうなだれていると、五条先生がやってきて外に連れ出される。校舎の玄関に到着するとそこに先生が腰を下ろしたので同じように腰を下ろした。まだ暗い空には星がちかちかと光っている。まだ日付変更線を超えていないというのだから不思議な気分だ。先生は淡々と言葉を紡いでいった。
「あの子の術式、実は後天的なものなんだよ」
「え、術式は生まれ持った才能だって先生言ってたじゃん」
「そう。だからあの子はそういう目的で育てられた子どもなんだ。つまりは実験体」
「そんなこと可能なの?」
「可能じゃないさ。でもそんな馬鹿なことを考える奴はいつの時代にもいてね。彼女はその被害者」
「……助けてやれなかったの?」
「ずっと前から彼女の希望が、〝もう殺してくれ〟だったんだよ」
「――――ッ」
息が詰まる。だから、彼女はあのとき笑っていたのか。悠仁が彼女の手を掴んで必死に呼んでも、礼だけ言って、涙を流しながら穏やかに笑って。あれは死への渇望が満たされることへの安堵だったわけだ。
無理やりに術式を埋め込まれた身体はもうずっと悲鳴を上げていて、ずっと苦しんでいたらしい。
「術式を持って生まれてくるということは、術師に一番適している術が備わっているということなんだよ。だから身体にも大した影響は及ぼさないし、リスクもないものが多い。術式に適した身体じゃないのに無理やり術式を体に埋め込まれたら、そりゃ身体は悲鳴を上げるに決まってる。彼女はそういう苦しみとずっと戦ってきてたんだよ」
「そっか」
「それに、もともとあまり長く生きられなかったんだ。だから、一週間だけ悠仁たちと一緒に授業を受けさせたの」
「あんなに元気そうだったのに」
「見かけ上はね。でも、一週間でも同い年のひとと過ごせて楽しかったって彼女はいつも嬉しそうだったよ」
だから、悠仁は悲しまなくていい、と言われても心の中にはしこりのようなものが残る。苦しみから解放されたのはよかったことかもしれないけれど、もっといい方法があったんじゃないかって。
「これ以上いい方法はなかったんだよ、悠仁。彼女は最後に笑ってただろ?」
「うん、」
苦しみもなく笑みを浮かべて眠った彼女の表情が脳裏に焼き付いて、ずっと消えそうになかった。