からっぽを含んで夜は萎びる

都立呪術高等専門学校において入学式や卒業式、修了式が盛大に行われることはない。四月の第一週の木曜日になると新入生は登校することになっていて、入学式が行われない代わりに教室の中で学長による挨拶と担任からの説明から始まる。
校舎の外では桜の木が満開まであと数日、といった程度花を咲かせていて、それを眺めながら昇降口にちらほらと歩いていく後輩たちを二階の教室から眺めた。気の難しそうな無愛想な奴、普通そうな人懐っこそうな奴、それから無表情の女子。
自分たちのすぐ下の後輩たちのラインナップはバラエティに富んでいるようだ。楽しく外を眺めていると、自分の席に座っていた硝子が声をかけてくる。

「そういえば聞いた?今年は禪院の姫様が入るらしいよ」
「どこでその情報を入手したんだ、硝子」
「夜蛾先生」
「口軽いなあの人も」
「というより、今年の入学者で女の子がその子だけだから気にかけてやってくれってさ」
「へぇ~夜蛾先生がお優しいことで」
「禪院の人間だから気を遣うこともあるんだろう。なにしろ〝姫様〟なんだから」

噂は入学前から聞いていた。禪院家の本家筋ではないけれど、分家でも本家に近いところには在る家系で、禪院家に代々受け継がれている十種影法術の使い手が生まれたというのは呪術界では有名な話で。女児であることしか聞いてはいなかったが、五条たちのひとつ下だというのは知らなかった。
久しぶりに十種影法術を使える人間ということで本家に取り込まれているというのは聞いたことがある。本家にいいように使われて気の毒だ、という印象を抱いたのは記憶に新しい。自分は五条家に対して主導権を握られることはないし、それが特殊であるというのは重々理解しているが。

「あとで後輩たち冷やかしに行ってやろうぜ」
「やめときなよ悟」
「新しいおもちゃを見つけるとすぐそうなるのはお前の悪いところだぞ」
「へーへー」

今年は三人新入生がいて、何人卒業することになるやら。自分たちの上の代を見ていても何人かは途中で亡くなったり脱落するのだから、呪術師というのは才能だけの世界だとお思う。あとは呪術の才能は精神がイカレてるやつじゃないと長続きはしない。まともな精神の人間からこの世界は淘汰されていくのは変わらない。これほど典型的な弱肉強食の世界は他を探してもない気がする。
教室の扉がガラっと音を立てて開いた。視線を音の方に向けると夜蛾先生の姿がある。やべ、もうそんな時間だったか。

「悟、席に着けよ」
「はぁい」

▽ ▽ ▽

「新入生かな?」

授業と鍛錬を終えてシャワー室で汗を流し、髪の毛を乾かしてから食堂に向かうと、三人並んでテーブルで夕飯をつついている姿が見えた。気配を消して近寄ると、三人の内の一人の女子が五条を見る。そういう機敏はわかるタイプ、と脳内にメモをした。
声をかけると――おそらく禪院の娘である――女子と男子の一人が眉間にしわを寄せてこちらを見てくる。残りの一人の男子はにこやかに人の好さそうな笑みを浮かべて頭を小さく下げた。うん、フツーの子だな。

「何の御用でしょうか、先輩」
「あれ?俺先輩って言ったっけ」

言葉を返したのは目つきの鋭い色素が薄そうな髪色と目の色をした男子で警戒心が見て取れる。名乗っていないのになぜ先輩とわかったのか。まぁ、新入生は自分たちだけと聞いているのかもしれないが。

「担任の先生が言ってましたよー。サングラスをかけた色素の薄い髪の人は五条悟だから気をつけろって」
「え、なにそれ。ひどい風評被害。ところで君たち名前は?」
「俺は灰原雄です!よろしくおねがいしまーす」

人好きのする笑みを浮かべているのは、たぶん事前に聞いた普通の子だ。今年の一年は禪院の子以外は普通の家庭の子どもだと事前に調べはついている。

「そっちの君は?」
「……七海建人」
「灰原と七海ね、よろしく。知ってるだろうけど五条悟」

仲良くしてね、と社交辞令を述べると二人ともうなづいた。悪い子たちではなさそうだ。さて、先ほどから一度も自分に視線を向けない彼女にどう話かけるべきか。攻めあぐねているところに同級生の二人がやってきた。

「ウーワさっそく絡んでるよ悟のやつ……」
「悟、暇なら今日の課題でもしたらどうだ?」
「もう終わりましたぁ~」

お道化て答えてみせると、傑は大きなため息をついて、硝子は興味がなさそうにスルーしてそのまま禪院の子の隣に腰を下ろした。

なまえ、どう?困ったことはない?」
「今のところ大丈夫です。ありがとうございます、家入先輩」
「硝子でいいのに」
「それは……恐れ多いので……」

硝子と話している姿を見ていると、淡々とはしているけれど普通そうに見える。しかし、一向に五条のことは無視しているので面白くはない。話している二人に割り込むように身体を入れる。硝子との会話を遮られたせいか――それだけではないと思うけれど――視線が交わるなり、眉間にしわを寄せてなんとも言えない表情を浮かべた。

「そっちの子は?禪院の子だよね」
「…………………………ソウデスケド」
「俺は五条悟」
「さっき聞きました」
「君は?」
「…………………………………………禪院なまえ

ひどく小さな声で早口で言われたけれど、先ほど硝子が名前を呼んでいたのであまり意味はないことに本人は気づいていないのだろう。賢いとは言い切れなさそうで、謀略が張り巡らされている御三家の中では生きづらいだろうなぁ、と思った。他人事なので、自身には一切関係はないけれど。

「あの、」
「うん?」

なまえが話しかけてきたかと思うと、嫌そうな表情を浮かべたまま少しうつむいて言葉を紡いだ。うつむいた際に肩より少し長い黒髪がはらり、と落ちて顔にかかった。

「極力話しかけないでもらっていいですか」
「なに、ご宗家にでも言われてんの?」

はっ、と鼻で笑ってからそう言ってやると、イラついたのが見て分かったけれど、目の前の彼女は口を噤んで、それから座っていた椅子から立ち上がった。
がらっと大きな音を立てて立ち上がり、それから苛立ちのまま食って掛かってくるかと思ったが、言葉を飲み込んでひどく冷たい声で言う。

「さようでございます。必要以上に声をかけられませんようお願い致しますね」

背筋が凍るような声で告げられ、彼女は食器の残るトレイを持って返却口へと歩いて行った。あの話し方はそういう家の人間だという証で。ふんぞり返っている自分を偉いと思い込んでいる爺たちの集まる場ではああいう話し方をせざるを得ない。今のは禪院家としての解答ということなのだろう。その背中を見ながらこみ上げてくるのは笑いだ。

「なっまいき~」
「その割には楽しそうだな」
「そう?」

ひとしきり笑ってそう言ってやると、傑から指摘が入る。やたらと警戒して吠える小型犬にしか見えてないだけだとは言わない方がいいだろうな。彼女が座っていた席にそのまま座ると、隣で七海は大きなため息を吐いた。

「あまり刺激しないでくださいよ」
「七海たちにもあんな態度なの?彼女」
「いや、俺たちには結構普通です」
「ふぅん。じゃあ俺との接触がタブーってとこかな」

宗家でよほど言い聞かせられているらしい。あそこまで行くと洗脳に近いなにかだろう。御三家というのはどこに行っても腐ってる人間ばかりでため息をつきたくなる。現状維持を最低ラインとして望んでいる耄碌たちが多すぎるのはどこも一緒か。
傑がいつのまにか取ってきてくれていたA定食のトレイを受け取って七海と硝子の間で夕飯を食べることにした。