部活後に大地から二年生と三年生が集められた。大地の表情を見るに、あまりいい知らせではないんだろう。かすかな緊張がその場に居る全員に走る。
「二、三年に集まってもらったわけだけど、一つ知らせたいことがある」
「なんすか大地さん。改まっちゃって」
田中の言葉に応えず、全員に向けて言った。
「みんな、落ち着いて聞けよ」
フーッと大地が深呼吸する。そこまでやってることで思い当たったのはひとつだ。
「みょうじが今日付けで退部届を出した」
空気が固まったのが分かった。そして予想が当たってしまった。どんどん他人行儀になるみょうじに違和感を抱いてはいたけれど、俺たちは何もしなかったし、何も聞かなかった。それがベストだと思ったからだ。でもそれは間違えていたのかもしれない。冷静に事実を受け入れた俺たち三年生とは違い、西谷たちは怒りを露わにする。
「なまえの野郎……ッ」
「落ち着けって!」
今にも部室を飛び出していきそうな西谷と田中を旭と二人掛かりで止める。俺たちよりも清水や西谷たちはみょうじとの関係は俺たちよりももっと親密だから。俺は何も言わない清水の様子が気になって横目に見た。清水が哀しみを表に出さないように、歯を食いしばっているのが分かった。それから落ち着いたのか、口を開いた。
「なまえが直接澤村に辞めるって言ったの?」
「ああ」
「そのとき何か言ってた?それか様子がおかしかったとか、ない?」
わずかな希望に縋るかのような清水を初めて見た。きっと一番ショックを受けてるのは清水なんだろう。
「……哀しそうに、“もうここはあたしの居場所じゃないなって”言ってたよ」
「あの子……」
みょうじの言葉を聞いた清水は申し訳なさそうにしていた。責任を感じたんだろう。清水が俺たちにみょうじのことを放っておくようにって言ったから。でもそれはみょうじの意思だったと聞いている。詳細は武田先生と清水にしか知らされていない。
「私がちゃんと谷地さんを誘う前になまえに言えばよかったんだ」
「清水、」
「そんなことないです!潔子さんは何も悪くないっす!!」
「違うの。このままじゃあの子もうここに戻ってこなくなっちゃう」
「どういうこと?」
思わず聞いてしまった。清水は何を知ってるんだ。何に気付いてるんだ。清水は俺の方を見て言った。
「菅原はさ、なまえがなんで部活にあまり来られないか知ってる?」
「いや、全然知らねぇべ」
「そうだよね、誰も何も知らないよね。だってなまえに口止めされてたんだもの」
清水は意を決して、覚悟を決めたように俺たちを見渡して、言った。そこには強い意志を感じた。
「詳しくは言えない。でも、なまえは自分の意思で部活に来られないわけじゃないの。なまえは何も悪くない」
それに、辞めようとするあの子を引きとめたのは私だった。
――情報の処理速度が追いつかない。みょうじは前にも辞めようとしてたってこと?それを止めたのは清水?話が全く読めない。どうなってる。俺たちの知らないところで何が起こってるんだ。
「引き止めないと、あの子壊れそうだった」
「そんな様子一度も、」
西谷が戸惑ったように呟いた言葉が清水にその先を促した。
「本当にみんなそう思った?一年生の三学期、違和感を感じなかった?」
「あっ確かになんか俯いてるときが増えてたような……?」
旭がそんなことに気付いたことが驚きだった。理由を聞けば、自分も同じように気落ちしていた頃だから、目に留まったらしい。
「あのときのなまえはもう壊れかけだったよ。私はあの子の話を聞いて、ひとつ約束をしたの」
「約束?」
「そう、“ここをなまえの拠りどころにしたらいい。部活に来られなくてもいい、たまにふらっと手伝いに来てくれたらそれでいい”っていう約束」
なんでそんな約束をしたのか清水は話さなかった。みょうじがバレーボールを好きなのは変わらないし、部活が好きなのは変わらない。それは真実だからって力強く言った。
「あの子にとって“私の手伝いをする”というのが頑張れる理由みたいになってた」
「清水とみょうじの約束はわかったけど、それがなんで退部に繋がるんだ?」
大地の質問はもっともだった。俺たちにはそこが繋がっていない。最初に気付いたのは縁下だった。
「もしかして谷地さんの存在ですか?」
「うん」
「なんで谷地さんの存在が退部になるんだよ、力」
「田中はわからないか?さっき清水先輩言ったよな?“清水先輩の手伝いをすること”がみょうじが部に残る理由なら、谷地さんは今清水先輩の手伝いをしてるじゃんか」
みんな合点がいったような表情を浮かべる。
「だからなまえは退部届を出したんだと思う。ちゃんと説明してあげればよかった。なまえがいつ帰ってきてもすんなり仕事ができるように、谷地さんにも手伝ってもらおうと思って誘ったんだけど……」
「でも辞めたのはなまえの意思ですよね?」
「それなんだがなぁ……」
西谷の否定に大地が口を挟んだ。自信がなさそうに情けない表情を浮かべている。
「みょうじと最後に話したときな、“戻ってくる気持ちは少しもないのか?”って聞いたんだよ。そしたら、」
「そしたら?」
「あいつ、動揺してた。だから本当は辞めたくないんじゃないかな……清水たちほど自信を持って言えないから申し訳ないけど……」
辞めたくないけど、続ける意味がないから辞めるってことか?みょうじは割とその辺合理的に考える節があるからなぁ。みょうじのことを考えていると、床をダンッッ!と音を鳴らした。犯人は一人しかいない。
「ッダァァァァッッ!」
「ぅおっ!なんだノヤっさん!?」
「めんどくせぇな!辞めたくないなら辞めたくないって言えばいいじゃねぇか!!」
西谷の行動を見て、みんなで顔を見合わせて頷く。考えてることは皆一緒だ。もう一度、ちゃんとみょうじと話をしよう。ちゃんとあいつの話を聞いて、これからのことを話そう。今からみょうじの家に行くか!?って話になったけれど、時計を見れば夜の九時だ。流石に近所迷惑だし、近所迷惑になる。明日の朝に特攻をかける手筈になった。作戦を立てて、あとは明日に備えて解散、となった。清水に気になったことがあったから、一つだけ聞く。
「清水はさ、」
「うん?」
「みょうじの事情を絶対に話さないよな」
「だって、それがなまえの希望だったから。あの子が望まないことを私もやりたくない」
「すっげぇなぁ」
「何が」
「清水のみょうじに対する愛情が」
面を食らったような顔の清水を間近で見た。三年間仲間で居るけどこの表情は初めて見たなぁ。それから、小さく笑って。
「なまえのこと大好きだからね」