授業後にアルバイトに向かってシフトが終わる時間までひたすら働く。アルバイト先をあとにして、家までの道のりをのんびり歩いて帰る。大地さんに退部届を出して、あたしはついにバレー部ではなくなってしまった。帰る場所がどこにもなくなってしまったなぁ。でも、思ったよりもダメージは受けていない。いつか来ると思っていた未来が、予想より少しだけ早く来ただけだ。これからは部費のことを気にせずに授業料を稼ぐためにアルバイトをしたらいいんだ。成績だって少しくらい落としてもいいかもしれない。むしろ学校も辞めてしまってもいいかもしれない。今学期分の学費は払い終わっているから、今学期で辞めるのも一つの手だろうか。明るい気持ちでそういうことを考えようとすればするほど、虚しさが残った。本当は辞めたくなんてなかった。でも、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないから。彼らはきっと今年、全国に行くんだろう。それくらいの気概を感じる。それを邪魔しているのはあたしだ。だったら去るべきは、あたし。できればずっとあの場所に居たかった。それすら叶わなかったけれど、こっそり試合を見に行くくらいなら許されるかな、なんて考える。
家のドアの前に着いて、開けようと鍵穴に鍵を指して回すと鍵はすでに開いていた。この家に入れる人間は一人だけだ。恐る恐る中を覗こうとドアを少しだけ開けると、ドアの向こうからすごい力で引っ張られた。中に無理やり入れられて、ドアの鍵を後ろで閉められたのが分かる。目の前には知らない男と、お母さん。
「おかえりぃ~、なまえ」
「この子がなまえちゃん?カワイイじゃん」
「ちょっとー浮気は止めてよね。自分の娘相手に浮気されるとか気持ち悪いから」
「ガキに興味はねぇよ」
男の品定めするような視線が気持ち悪い。あたしはお母さんとそこまで似ておらず、どちらかというとお父さんに似ている。だから余計にお母さんはあたしへの当たりが強い。目の前で繰り広げられる会話を気持ち悪いと思いながら、覚悟を決めてお母さんに話しかける。お母さんの目を見るのは怖くて怖くて仕方ないけど、そんなお母さんを作ってしまったあたしが悪い。何もかも、あたしが悪いのだ。
「あの、何の用ですか」
あたしの問いかけにお母さんたちはニヤリ、と笑った。嗚呼気持ち悪い。
「お金貸して」
語尾にハートマークでもついているんじゃないか、と思わせるような話し方だった。
「貸せるお金なんてないし、この家にお金なんてないよ」
「はぁ!?あんたバイトしてるでしょうが!」
「アルバイトのお金は全部学費払うのに使った」
「有り得ないでしょ!あたし分のお金くらい用意しときなさいよ!!」
事実を述べただけなのに逆上されるのは本当気が滅入る。あれはあたしのお金であってお母さんのお小遣いじゃない。空気が読めないのか、男があたしとお母さんの口論に口を挟んできた。
「とかなんとか言っちゃって、なまえちゃんお金あるんだろ?おにいさんたちに少しくらい恵んでよ~」
赤の他人の子どもにたかって恥ずかしくないのだろうか、この人は。どうせこの人もお母さんと一緒で働いてないんだろうな。
「そんなに言うんだったらお母さんが自分でお金を稼いだらいいじゃない。それにそこにいる恋人も。お金ないの?大の大人が寄ってたかって女子高生にお金頂戴ってさ、恥ずかしくないの?」
男はあたしに掴みかかってきた。怖いけれど、この人たちに渡せるお金なんて一円もないし、この家に今本当にお金はない。あたしの財布に入っている数千円だけだ。バイト代が入るたびにいつお母さんに取られるか分からないから、大家さんには前もって数か月分の家賃を払うようにしている。
「てめぇ人が下手に出てたら調子乗りやがって!」
キレた男が掴み掛かってきた手を離したと思ったら、次にきたのは衝撃だった。多分頭を強く殴られたんだろう。ズキズキとした痛みが頭の中に響く。そして床に叩きつけられた。何度も何度も殴られる。痛みしか感じなくて、そのうち痛みも感じなくなってきた。自分の意思で身体を動かすことも出来ないくらい、感覚が麻痺している。
「ちょ、お前それはやばいって」
意識が飛びそうになる中で、男の焦ったような声が聞こえた。視線を少しだけ上げると、お母さんが台所から持ってきたのか、果物ナイフを片手に持っていた。いよいよ殺されるのかなって思ったら、お母さんはあたしのお腹に一刺しした。今までで一番痛みを感じて、あ、これ死ぬなって思った。でも、お母さんはあたしを刺すときに泣いていた。その姿を見たら、昔の変わってしまう前のお母さんみたいで、なんだかもう何もかもどうでもよくなった。帰る場所もないあたしは、このまま死んでしまうのもいいかもしれない、と思ってしまったのだ。走馬灯のように今までの思い出が頭の中を駆け巡る。最後に見えたのは、バレー部のみんなだった。彼らが優勝するところを、見たかったなぁ。もう少しだけ、あの場所に、
「…ぃた……かッ……た、な…」
ここであたしの記憶は途絶えた。