止まれ、通りすぎる前に

夏がやってきて、じっとりとした暑さを感じる日が増えた。おじいさんとおばあさんは三日に一回お見舞いに来てくれる。必要なものを持ってきてくれたり、今後必要な書類を持ってきてくれたり。優しくしてもらうことがもうずいぶんなかったから、どういう反応をしていいのかわからない。なにもかもに絶望していたのに、急に目の前に幸福が現れられると戸惑うのが本音だ。おじいさんたちはもっと我儘を言っていいのよ、と言ってくれる。でも我儘って何だろうか。最近は自分のためにだけ生きていたから、周りを頼るというのが分からなくなった。今回の騒ぎは結構大事になったらしく、地方ニュースで取り上げられた、とおばあさんは言っていた。病院側に頼んで取材等は断ってくれたらしい。ありがたい。ほとぼりはもうだいぶ冷めたけれど、学校ではどうかはわからない、と言われた。好奇の目に触れることを危惧してくれているようだった。

なまえちゃん、そういえばね、あの話どうする?進めちゃってもいいかしら?」
「あ、はい、」
「わたしたちも目の届くところに居てくれたら安心だし、ね?」
「、はい」

おばあさんたちはいろいろと話してからお昼になる前に帰る。けれど、話しているときはまだお互い距離を測っていると思う。余所余所しさは当分消えることはないだろう。
お昼の食事の時間を過ぎると、武田先生がやってきた。学校ではちょうど中間テストが行われているため、無理を言って病室までテスト用紙を持ってきてもらって、テストを受けることにした。勉強していた範囲から少しだけ先が出ているけれど、基礎を応用すればとける問題ばかりだったので助かった。テストの点もこの調子ならいつもと変わらないだろう、と考えたところであたしはもうテストで良い点取らなくてもいいという現実に気付いた。なんでこんな必死に頑張っちゃってるんだろう。もうだれかが褒めてくれるわけでもないのに。

「はい、お疲れ様でした」
「ありがとうございます。お手数おかけしてすみません」
「大丈夫ですよ。そういえば、昨日おばあさまからお電話をいただいたのですが……」
「あの件ですか?」
「はい。まだ誰にも言っていません。どうしますか?」

武田先生はあたしをまっすぐ見て言う。覚悟を決めろ、そう言われているような気がした。でも、あたしは卑怯者だから、逃げる。

「このまま黙ってて貰っていいですか?」
「……わかりました。君はいつもそうですね」
「いつもすみません」
「いいえ。それが君の希望だというのなら」

先生は困ったように笑った。あたしもつられて笑った。どうしたいか自分でもわからないのが現状で。何もかも失ったような気分で身動きを取れずにいる。

「そういえば、今日はバレー部休みなんですよ」
「そうなんですか?」
「はい、合宿前の最後のお休みです。だから西谷くんたちが今日はお見舞いに行くって言ってましたよ」
「そうですか……」
「どうするかは君の自由ですが、どうか後悔しない選択をして下さい」

それだけ言うと先生はじゃあ、僕は学校に戻るのでって帰っていった。テストの結果はまた違う先生が持ってきてくれるらしい。先生の背中を見送ってベッドに寝そべる。おばあさんたちが持ってきてくれた小説本を片手に持つけれど、読みはしない。何かをしながら考えごとをするのはあたしの悪い癖だなぁ。先生の言っていた言葉を思い出す。そうだよね、テスト返却最終日と合宿と被るもんね。

「合宿行きたかったなぁ」
「来たら良いじゃねぇか!」

病室のドアを開けられると同時に、聞き慣れた声が聞こえた。

「西谷」
「って怪我治ってないから無理だろ」
「あ、そっかすまんなまえ

縁下が冷静につっこんで、反省する西谷。来ているのは二年生たちだけみたいだ。木下や成田なんて本当に久しぶりに見た気がする。

「みんな来てくれたんだ」
「おう!今日ぐらいしか来れないからなぁ。あ、これ先輩たちと一年生たちから差し入れ」
「ありがとう、」

田中に差し出された袋を見るとメッセージカードといくつかあたしの好きな食べ物が入っていた。食べ物はきっと先輩たちだろうな。

「で?なまえはいつ学校に戻ってくるんだ?」
「あー…」

西谷があたしを真っ直ぐに見て、他のみんなもあたしを真っ直ぐに見て、後ろめたさがあるあたしは言い淀んだ。この状況がすこしだけつらい。
嗚呼、現実って残酷だなぁ。