ブルーロックスとU─20日本代表はとても見応えのあるし相手、絵心がどういうサッカーを選手たちにさせたいのかよくわかる試合だった。これからブルーロックに関する情報は増えていくだろう。なまえもそれに置いていかれないようにしなくてはならない。サッカーで今最も熱い場所はブルーロックにあるのだから乗り遅れるわけにはいかないのだ。
試合の興奮が冷めやなぬ中帝襟に依頼されてブルーロックについての記事を書き起こすことになった。インタビューをするのは責任者である絵心で。こういう場に一切出るつもりはないと思っていたので驚いた。日本フットボール連盟まで行くと車で迎えに来た帝襟にそのままブルーロックに連れていかれる。
外観を見ればこれが短期間で作られた施設だというのだから驚かされる。しかも中は最先端技術が組み込まれているのだという。よくお金があったな、と思ったことを黙っておくことにした。
帝襟が運転する車が駐車場に止められてそこから荷物を持って外に出る。持ってきていたカメラを手に持って外観を撮影した。今回の取材はブルーロックに関するものではあるが、どちらかというとどういう施設でどういったことが行われているかに重点を置きたい、というものだ普通の記事であれば選手や監督に注目するところではあるが、今回はそういう方向性ではないらしい。そういう場はブルーロック側で改めて用意するとかなんとか。サッカーが好きな人にもそうでない人にも伝わるものを書いてほしい、とのことだった。その記事で少しだけ絵心のインタビューも載せるそうで。
そのインタビュアーになまえが選ばれたことは思うところがあるが、いただいた仕事はありがたくこなすことにする。
施設内を撮影しつつ帝襟に質問を投げかけていった。この部屋を選手たちがどう使うのか、このシステムはどうなっているのか、他にどういったスタッフがいるのか、など。気になることはいくらでもあった。
投げかけた質問の回答を手帳にメモしながら施設内をめぐっていく。最先端技術が至る所に使われている以外、普通のサッカーチームの設備と大差ない印象を受けた。
「そういえば選手たちはいないんですね」
やってきてからずっと思っていたことだ。
昨日大活躍だった選手たちが見られるかと思ったけれど、そうではないようで。人の気配すらなかった。
あわよくば選手たちの練習している姿の写真を一枚取れれば、と思っていたのだけれど。
「選手たちは休暇です」
「休暇?」
「昨日までよく頑張っていたので。二週間お休みをあげました」
「それはいいことだけど、残念だわ」
「残念?」
「選手たちが動いているところのショットが一枚欲しかったなーって思いまして」
「あぁ、なるほど」
「でもいないなら仕方ないですね」
「すみません」
「いえいえ」
いないものは仕方がないので後日練習風景の映像を切り取ったものを帝襟に送ってもらうようにお願いした。
あらかたの施設を回り終えて最後に向かったのは絵心の居るモニタールームだった。
「絵心さん、取材の方いらっしゃいました」
「お通しして」
「今日は取材の機会をいただきありがとうございます」
取材の時間を取ってくれた礼と自分はこういうものです、と名刺を差し出すとすんなりと受け取られた。じっと名刺を見つめられて照れる。まじまじと見つめるものでもないだろうに。受け取った名刺は絵心が使っているらしいデスクの上に乱雑に置かれた。
「で。いつまでこの茶番をするわけ?」
「今終わったよ」
「わぁ、さっきまでのやりとりが台無し」
せっかくビジネスっぽい空気を出したのに即ぶち壊された。取材が終わるまではビジネスっぽくいられると思ったのにな。これ見よがしにため息を吐く絵心に肩をすぼめてこちらも息を吐く。
「で、インタビューだっけ」
「そう。簡易的なものだけどね」
「全貌はBLTVで公開するとしてもその前にある程度の情報を開示しておくことは大事かな、と」
「帝襟さんの意見に賛成」
人というのは未知への抵抗感がすごい。それをなるべく減らそうというのが今回の取材をセッティングした目的らしい。
ブルーロックとはなにか、ブルーロックで高校生たちになにをさせているか、ブルーロックは将来どうなっていくのか、などを質問していき、絵心がそれに答えてくる。
質問は多く用意しなかったのでインタビューは十分もあれば終わってしまった。さてまた東京まで戻らなきゃいけないわけだけれど、帝襟に送ってもらうのは申し訳ない気持ちになる。
いっそ自分の車で来るべきだった、と悔やむ。
「今日の取材はこれで終わり?」
「終わりです」
「じゃあ出ようか」
「え」
部屋の中を片付けたりパソコンの電源を落としたりし始める帝襟と絵心に驚いて呆然と見ていると、撤収作業が終わったらしい二人が入口に行ってなまえのことを呼んでくる。状況がつかめずもう一度間抜けな声が出た。
「え?」
「なにしてるの、さっさと行くよ」
「置いていっちゃいますよ~!」
自分を置いていこうとする二人に追いついて部屋を後にする。帝襟の手には車のキーがあって。これから東京に帰るので合っているのだろうか。それになぜ絵心が一緒にいるのかが理解できていない。
廊下を二人と一緒に歩きながら抱いていた疑問を口にする。
「これから行くところって……」
「東京に戻るんですよ?」
「ですよね」
予想は当たっていたらしい。東京にあっさり帰れそうなので安堵の息を吐いた。
「で、なんで絵心くんも?」
「俺もアンリちゃんと一緒に偉い人たちに呼ばれてるから」
「なるほど」
「これはオフレコですけど、ブルーロックも次の段階に進むので」
「まだいろいろやるんだ? すごいね。あ、もちろん記事にはしないから」
「そこは信用してます」
自分じゃなければ垂涎ものの情報だったろう。基本的にゴシップ的な記事は書かないと決めている。
あくまで記事の対象が魅力的に見えるように手伝いたいと思っているので。そういうゴシップはそういう週刊誌などがすればいい話だし、そういうゴシップが書きたかったらそういう雑誌に行くべきだ。自分はそうじゃないので今の情報は聞かなかったことにするけれど。二人とブルーロックの施設外に出て帝襟と乗ってきた車の元へと向かう。建物から駐車場まではやや距離があるのでその間も他愛もない話をした。
車の元へと到着して後部座席に乗り込もうとすると絵心が我先にと後部座席に乗り込んでいったので、自分は空いている助手席に座ることにする。
後部座席に座る絵心は相変わらず所狭しと言った様子で手足を折っていて、助手席の方が余裕があっただろうに、と内心で呆れてしまった。
「絵心さんまた後ろに座ったんですか?」
「また?」
「いつも後ろに座るんですよね、横空いてるのに」
「そうなの?」
そうなんです、と力一杯返事をしてくる帝襟を眺めながら声をかけて落ち着かせる。 なまえの運転する車ではいつも助手席に座るのにおかしいな、と思っていると、なまえと帝襟の会話をきちんと聞いていたらしい絵心が口を挟んだ。
「俺は乗る助手席を選んでるから」
「なんですかそれ」
絵心に言われた意味が分からなかったらしい帝襟が困惑した表情を浮かべている。けれど、なまえは言った意味が分かってしまって頬に熱が集まった。自分の運転する車にしか乗らない、と言っているのだと理解する。それを嬉しいと思う自分はひどい人間なのだろうか。
三人とも車に乗り込んで帝襟が運転する車で東京に戻ることになった。自分よりもどこか危うい運転に次からは自分が運転を申し出よう、と決意する。
都内のフットボール連盟の建物前まで戻ってきた。車を降りてこのまま解散と相成った。今後のスケジュールを帝襟と再確認してからその場を後にしようとすると絵心に呼び止められる。
「また連絡するから」
「はいはい」
確かにすぐにではないけれど連絡をくれるようになった絵心に進歩を覚える。付き合っているときも筆不精なところがなかったとは言えないので。そう思うと最低限の連絡はくるのだから最近は意思疎通が取りやすいと思う。連絡内容はさておいて。
今度こそフットボール連盟を後にして、自宅に帰ることにする。帰ったら早速今日のインタビューを書き起こして早めに納品できるように動くことにした。
§
朝に絵心から連絡が来た。休暇がもらえたのでこれから家に来るという内容で。家の掃除最近サボり気味だったので急いで掃除機をかける。帰ってくるなら前日辺りに連絡を寄こしてほしかったな、とぼやいてしまう。これから帰るということは数時間もすれば返ってくるだろう。
掃除を終えて絵心が来るのを待ちながらなにか食べるものでも作ろうかと思って、冷蔵庫を見ても一品作れるような状況ではなかった。レタスとトマトしか入っていないのは流石に打つ手がない。これから買いに行こうにもいつ絵心がやってくるのかわからない。こんなことなら合鍵を渡しておくんだった、と反省する。
でもいつまでここにいるのかもわからなくて渡せずにいた。元鞘に戻ったようで明確な言葉がなまえと絵心の間にあったわけではない。そういうことを言葉にしない人だと分かってはいるけれど、曖昧というのはむずがゆいのだ。今日改めて確認してみようかしら、と思っていたところに家のインターフォンが鳴る。モニターを確認しに行くと絵心の姿がそこにあった。開錠して中に招き入れる。ちょっと待てば部屋にやってくるだろう。玄関に向かってまたインターフォンが鳴ったのでそのまま玄関の鍵を開けて出迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「休暇なんだって?」
「三日だけだけどね」
「休暇があるだけいいじゃない」
なまえはフリーのライターなので休みがあるようでない。この日は仕事をせずに休む、と決めても仕事のメールを確認してしまうし、返信してしまう。よくないことだとは思っているけれど仕事のメールが溜まっているのが落ち着かないのだ。だから未読メールが無くなるまでチェックしてしまう。休養日、と決めたら仕事のパソコンを開かなければいいのだろうけど。そうはできない性だった。
「お昼どうする?」
「お前、急ぎの仕事は?」
突拍子もない質問に面をくらいながら返答する。
「特にないかな」
「じゃあ付き合って」
どこに、と言えば渋谷に行く、と言い出したので部屋着から外出用の服に着替えなければならない。メイクだってしていないし、やることが多い。
「もっと早く言っておいてよ」
「言うの忘れてた」
「ほんとにあなたのそういうところよくないと思う。準備してくるから待ってて。時間かかるよ」
「映画見てていい?」
「好きにして」
映画を一本見終わるほど時間をかけるつもりはないけれど、大人しくしててくれるならそれが一番だ。
こういうとき動画見放題サービスに加入していてよかった、と思う。
メイクと洋服を着替え終わって映画を見ている絵心の居るリビングに戻ると映画はなまえが見たことのない映画だった。
洋画のようで字幕が表示されている。
準備が終わったよ、と声をかけると絵心は動画見放題サービスを閉じてテレビの電源を落とした。
「お待たせしました」
「待ってないよ」
「そもそもの原因はあなただけどね」
恨めしそうに絵心を見るとスマートフォンを触りながらこちらのことなど気にした様子もない。
二人で家を出てマンションの駐車場に停めてある愛車の元へと向かう。到着して愛車のキーを開けて中に乗り込む。絵心は当然のように助手席に座った。先日のことがあったので頬がゆるむほど喜んでしまう。
「なに」
「なんでもないよ」
こちらの表情を見て疑問を抱いたらしい絵心に質問をされるけれど、それを躱す。
出発しようと思ったけれど行先を渋谷としか聞いていないのでどこに向かうのか聞いた。
「それで。どこに行くの?」
「とりあえず渋谷駅行って車どこかに停めたいって感じ」
「はいはい」
目的は教えてもらえないらしい。
渋谷駅前にあるコインパーキングにはいくつか覚えがあるので、そのうちのどれかが空いていることを願う。
エンジンを入れて車を渋谷に向けて走らせる。
いつも利用している駅前のコインパーキングが空いていたのでそこに停めた。車を降りれば絵心が待っていたので近づいていく。こちらが到着するとこっち、と言いながら絵心が歩いていくのでそれに置いて行かれないようにした。
すると到着したのは百貨店で。
迷いのない足取りで進んでいく絵心に続いていくと、有名ブランドの前で足を止めて中へと入っていく。それに続いて店内に足を踏み入れた。絵心は店員に声をかけている。それを眺めていると手招きをされる。
店員と絵心の元へ近づいていくとガラスケースの上に指輪が三つ置かれていた。状況が読み取れなくて頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。この指輪をどうするというのか。
「どれがいい?」
指輪を指さしながら言われた言葉の意味を考える。どれがいい。この中から一つ指輪を選べというのか。
「どれも選べないよ」
突然有名ブランド店に連れてこられて指輪を選べと選べと言われてもわけがわからないし、絵心の真意がわからなかった。
見兼ねたらしい店員がこの指輪にはこういう意味があって作られて、こっちの指輪はこういう意図で作られたものです、と説明される。説明を聞いてもどうしたらいいのかわからなくて指輪を呆然と見てしまう。この中から選べってなんだ。
「旦那さまが選ぶのも良いと思うのですが……」
「それじゃあそうしようかな」
絵心が指輪をひとつ手に取ってなまえの薬指に通してくる。
すこし幅のあるそれはつけてみると思ったよりごつい印象にはならなかった。それから用意されていた指輪を二つ目、三つ目、と指に通される。
すべて通し終わると絵心がじゃあこれ、と選んだのは一番最初につけたものだった。
「これ買います」
「お買い上げありがとうございます」
支払いはキャッシュで済ませていた。包んでまいりますので少々お待ちくださいませ、と言葉を残して店員が奥へ下がっていく。近くに人がいなくなったことを確認して絵心に詰め寄って小声で食ってかかった。
「なんで、急に、こんなところ連れてきて!」
「理由はあとで言うよ」
理由はすぐに教えてもらえないらしい。まぁ店でやるようなことではないのかもしれない。
店員が戻ってきて指輪は綺麗に包まれて店の上品なショッパーの中に入れられている。それを受け取って店をあとにした。
背後に店員のまたのお越しをお待ちしております、と声が聞こえる。それにお辞儀をひとつ返してそそくさと店を後にした絵心の元へ向かった。油断するとすぐ置いていかれそうになる。足のコンパスの長さの差なのだろう。絵心に追いついて腕を捕まえる。このあとの予定について全く聞いていなかった。
「このあとどうするの?」
「目的なら終わったけど。帰るよ」
帰る。帰ると言ったのかこの男は。せっかく渋谷まで来たのに。用事ひとつ終わって帰宅。さすがにないと思った。特にやりたいこともなさそうなので、急に頭に浮かんだことに絵心を巻き込むことにする。
「わたしはこのまま帰りたくないから洋服見るの付き合って。ここまで運転させておいてそれだけ終わって帰るってないよ。せっかく外出たんだし満喫しようよ」
「お前の好きにしたらいいけど」
「決まり。これからわたしの洋服見るの付き合ってもらって、夕飯はデパ地下で買うこととします」
「はいはい」
やる気のない返事にむっとなるけれど買い物に付き合ってくれるらしいので許した。
満足の行くまで買い物に付き合ってもらい、予定通りデパ地下で総菜を買って帰る。全部合わせるとそれなりの量になるけれど絵心がいてよかった。洋服類は全部絵心に持ってもらっているので自分は総菜を持つ。
駅前のコインパーキングに戻って車に乗り込む。
荷物は後部座席に乗せた。
洋服の入っているショッパーの上に指輪の入っているショッパーを置かれる。
そういえばまだ理由を聞いていなかったことを思い出して車のエンジンを入れながら問うた。
「なんで急に指輪?」
「……アンリちゃんから聞いたけど、結構声かけられるんだって?」
鈍感な人間ではないので言われている意味をきちんと理解した。仕事関係で確かに食事に誘われることは多い。なるほど、そのためか、と腑に落ちた。
「別にちゃんと断ってるよ」
「指輪、ちゃんと毎日つけてね」
会話が成り立ちやしない。声をかけられるなんて今までもあっただろうに。というか指輪をくれるということはやはり元鞘に戻ったと思ってもいいのだろう。付き合ってる女以外にそういうことをする人間ではないので、絵心は。
わたしたちの関係ってなに、って聞けばいいのになんとなく聞けないままでいる。いつか言葉にしてくれるだろう、と思いながら車を家まで走らせた。
§
休暇期間を終えたらしい絵心はまたブルーロックへと戻っていった。次会えるのはまたしばらく先だな、と思っていたところに絵心からスマートフォンに連絡が入って。着信を告げて震えるスマートフォンを手に取って通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「お前今日から一週間時間ない?」
「はい?」
「頼みたいことがあるんだけど」
仕事の予定はちょうどいま閑散期というかいろんな原稿を納品したところだから、比較的に余裕があるだろう。
仕事のメールなどはパソコンを持って行けば対応などもできなくはない。だから時間を捻出しようと思えばできる。
「時間空けられなくはないけど」
「じゃあアルバイトしてくれない? 詳細はアンリちゃんに送ってもらうから」
「はいはい」
用件だけ告げると切れたスマートフォンを見る。本当に勝手な人だ、とため息がでた。しかし自分に頼み事なんて珍しい。よほど人手に困っていたのだろうか。そんなことを考えながら帝襟からの連絡を待った。
帝襟からの連絡が来てアルバイトの内容を確認するとインフルエンザにかかってしまったスタッフの代わりに雑務をしてほしい、というものだった。主には洗濯と余裕があればドリンク作成、ドリンクボトルの回収。
やることが結構あって驚いてしまう。三〇〇人高校生が居たことよりも今はだいぶ人数が減っているらしいのでそれだけは救いだった。三〇〇人の洗濯物などいくらやっても終わらなさそうだ。
一週間という短くない期間の着替えをどうしよう、と思っているとスタッフ用の洗濯機や乾燥機などがあるので三日分くらいで平気だと返事が返ってくる。それを聞いて下着などを準備する。
準備したものはボストンバッグの中に入れた。
ブルーロックにいる間の服装はジャージを持参してください、とのことだったので家にあった黒のジャージを二セット持って行く。
派手な色じゃないからこれでいいだろう。他のスタッフはスタッフ用にジャージを用意されているらしいが、短期も短期なのでそういうものは用意してもらえないし、作ったところで働く頃には間に合わないそうだ。ブルーロックスタッフのジャージは着てみたかったが。
連絡が来た翌日に荷物を引っ提げて自分の愛車に乗ってブルーロックに向かう。前に帝襟に運転して連れてきてもらったときよりもだいぶ時間がかかってしまった。カーナビにもまだ反映されていないからか住所だけ打つと違うところに案内されてしまって困ってしまう。今回ので来た道を覚えたので今後は大丈夫だろうが。
予定では約束の三十分前に到着する予定だったのに気付けば約束から十五分遅れて到着した。もちろん遅れると分かった時点で帝襟には連絡済みだが。荷物を持って車を降りると帝襟に出迎えられる。
「お疲れ様です!」
「遅くなってごめんなさい」
「ここまで来るのわかりづらいですよね」
「カーナビが言うこと聞かなくてね……」
「あー……わたしも最初そうでした」
「やっぱり?」
帝襟が先を歩くのでそれに続く。前に来たときよりも人の気配がある気がするのはきっと選手たちがいるからだろう。活気を感じながら帝襟に案内されるままスタッフ用の階まで案内される。何人かのスタッフとすれ違って挨拶をする。短い間ですがよろしくお願いします、と。
スタッフ用の階にある一番端の部屋に連れていかれてここを使うように言われる。中は結構無機質な感じだった。
監獄ってそういう意味か、と納得できたほどだ。
スタッフ用の部屋に荷物を置かせてもらってついでにジャージに着替える。
着替え終わって待っていた帝襟に着替え終わりましたよ、と声をかけると早速洗濯機の場所と案内してくれると言うことになったのであとをついていった。
洗濯機は選手たちが使用している部屋と同じ階にあって。三個の洗濯機と三個の乾燥機が所狭しと置かれていた。
なるほどここで洗濯と乾燥を一気に済ませてしまうらしい。
「そういえば外で干さないんですね」
洗濯物だったら外で干した方が気持ちがよさそうなのに、と思って聞いてみる。
「屋上や地上まで行くってなると距離があるので……」
「縦に大きいですもんねこの建物」
「そうなんです。だからこの部屋ですべて済むようにしてもらっています」
「分かりました」
早速選手たちのリネンと洗濯する前の衣類を回収する。選手たちの洗い物はすべて個別のかごに入っているそうなのでそれごと回収する。回収するにあたって量が多いのでワゴンが準備されていた。
ワゴンを押しながら選手たちの居る階に入っていくとまだ食事に行っていなかったらしい選手たちに見つかる。もう少しあとに来るべきだったかしら、と思っていると選手たちが自分たちで洗濯物の入ったかごとシーツを持ってきてくれた。これは正直助かる。それらを受け取ってワゴンに乗せていく。乗せている途中に選手たちが自分を見てなにかを囁いているような気がした。内緒話をしているようだけれど、内容までははっきり聞こえない。なにかしてしまったかしら、と思っているとなまえを指差す選手がいた。
「あれ? あの人」
「絵心と一緒にいた人じゃない?」
「そうかも」
指を差されるようなことはしていないつもりなんだけどな。行儀が悪い子だな、と思っていると話しかけられた。
「あの、」
「はい?」
「絵心さんの知り合いですか?」
「まぁ、一応、はい」
「やっぱり! この間二人が渋谷で一緒にいるの見たんですよ」
「そうなんですか?」
「ぶっちゃけ彼女さんですか?」
「まぁ、一応、そのようなものです」
「へー!」
「絵心にも彼女いるんだな」
「奥さんかと思った」
「甚八もいい歳だもんね」
「……甚八!?」
「甚八!?」
周囲にどよめきが起こる。
そこまで驚かれるようなものだっただろうか。そら恋人(おそらく)のことを名前で呼ぶこともあるだろう。
あ、お仕事と割り切ってさん付けで呼ぶべきだっただろうか。すこし反省する。
「あの、」
おずおず、と言った様子で子どもたちのうちの一人─U─20戦で活躍していた潔くんだろう─が声をかけてくる。
スターティングメンバーとして出ていたけれど他の子たちよりも小柄な印象を受ける。標準的な身長の高さなのかもしれないな、と自分の身長と見比べて思った。
「はい?」
「二人の出会いとかって聞いてもいいですか?」
「聞きたい? そんなこと」
「知りたいです!!」
前のめりで言われて思わず苦笑いを浮かべてしまう。思春期って男女変わらず恋バナに興味あるもんね、と納得した。
「別に面白いものでもないんだけどな」
「それでいいので……!」
どうしても聞きたいらしい潔たちの反応にだんだん面白くなってきてしまった。絵心のことをどう思っているのかよくわかる。あのひと恋愛とか微塵も興味なさそうだもんね、分かる。
途中で別れたことは濁しながら学生時代から付き合っていたと言うと、またどよめきが起こった。
「絵心も人の子だったんだな」
「いやほんとそれ」
「でも付き合い長い彼女がいるのはなんとなくわかる」
「それな」
「話聞かせてくれてありがとうございます」
「いいえ。練習頑張ってね」
「ウス!」
満足げに練習に行くブルーロックスたちを見送る。さて、なまえはこの大量の洗い物をせっせと洗わなければならない。個人の洗濯物にはすべて名前が入っているので一緒くたに洗っても大丈夫だろう。ワゴンを引きながら洗濯機のある部屋へと向かった。
絵心と昼食を共に取ろうと思って絵心の居るモニタールームへと向かう。もちろん二人分のトレーを持って行くのを忘れない。調理のスタッフさんには絵心の分ですか、と何度も確認された。相変わらずひどい食生活を送っているようだ。長生きしてほしいからやめてほしいんだけどな。
モニタールームの中に入ると少し不機嫌そうにした絵心の姿があった。近づいていって持ってきた料理の乗ったトレーを絵心の分を絵心の前に置く。自分の分は空いていたテーブルに置いて、椅子を絵心の方に向けた。自分の正面に来るようにトレーを置き直す。
「余計なこと言ってなかった?」
「子どもたちに話かけられてたやつ? 子どもたちがあなたとの馴れ初めを知りたいって言うから話しただけだよ」
「それが最悪」
「まぁまぁ」
「あと聞こえてたけど」
「聞こえてたんだ」
「一応彼女ってなに」
「えー?」
言葉にしてくれないから一応、とつけたんだけどな、と内心でぼやきながら素直にそれを口にする。
「わたしたちの関係っていつも曖昧じゃない」
「恋人じゃない女に指輪を送る趣味はないけど」
「知ってる」
「じゃあいいじゃない」
「女は言葉にされたいものなんだよ」
ずっと言いたかったことを何でもないようにぶつける。恨めしい言い方にならないように意識した。
かねてから溜めていた鬱憤が出ていかないようにする。
絵心はこちらの言葉に考えるような素振りをしてから口を重そうにしながら開いた。
「ずっと一緒に居てほしいと思ってる」
この人に好きだの愛しているだのはハードルは高かったか、と小さく息を吐いた。
世間の恋人のいる女性がどうやって男性からその言葉を引き出しているのか気になって仕方がない。
絵心からその言葉を引き出してみたいと思うことくらいは神様も許してくれるだろう。
「仕方ないなぁ。それで許してあげる」
「何様」
「恋人様ですけど?」
「はいはい」
「このプロジェクト終わったら結婚するか」
ゴホッ、と味噌汁を飲む喉が咽た。
「急に、なに、言うのっ」
咽た喉を整えながらようやっと話せるようになると絵心が話を続ける。
「ずっと一緒に居てほしいってそういう意味だから」
平然と告げられたそれの意味を正しく理解して頬に熱が集まった。
思わず照れてしまう。
プロポーズがこんな場所でこんなタイミングとは思っていなかったけれど。
こういうこの人のことが好きだから自分の負けだなぁ、と思った。
味気のないプロポーズだけれど、それでいいと思ってしまっているのだからなまえという人間の容易さを自覚する。
世の女性ならこんなプロポーズでは納得しないのだろう。
そういう意味ではなまえも絵心もどこかずれているのかもしれない。
そんなことを考えながら持ってきたトレーに乗った料理にありつくことにした。
選手の食事がランキング制であることは前の取材のときに聞いた。スタッフはどうなのかと思っていたけれど、みそ汁に白米に漬物にメインの肉じゃが、というラインナップで栄養バランスは整っていた。
こんな食事を毎日提供される立場にあるというのに部屋の中にあるのは大量のカップ麺やカップ焼きそばの容器の残骸。いつまで健康な身体かわからないのによくやる、と思う。
トレーからみそ汁を手に取って口元に運ぶ。味噌汁の味が口内に広がってそれを飲んだ。気付けばほっと息を吐いていて。味噌汁なんて自分ひとりだとあまり作らないので食べたのは久しぶりだ。
続いて肉じゃがいもに箸をのばす。箸でじゃがいもを掴んで口に運ぶ。口に入れたじゃがいもがほろほろで火加減がちょうどよくて美味しい。もちろん栄養士が作っているからか自分で作るものより美味しくて箸の動きが止まらない。
ぱくぱくと料理を食べているとなまえにつられてたのか、絵心もちまちまとではあるが同じように料理を口に運んでいた。
なまえが食事を終える頃には絵心も食事を終えたところで。いつの間にか追いつかれていて驚いた。
男の人は食べるのが早いなぁ、と思った。絵心がちゃんと咀嚼しているかどうかは別として、だけれど。
空の食器をいくつか重ねて運びやすいようにする。ついでに絵心の分のトレーも回収して食堂に戻ることにした。部屋を出るときには絵心の視線はモニターに戻っていてこちらを見る気配がない。仕事人間にもほどがある。それほどブルーロックというプロジェクトに賭けているのだろうけれど。
「じゃあ、わたし戻るね」
「ん」
おざなりな返事にもう、と小言をこぼした。トレーを持ってその場を後にする。
仕事が一段落して夕食は帝襟と食べることになった。そのときに昼間のプロポーズの話を帝襟にしたら怒り狂っていたのは言うまでもない。
何度も何度も考え直した方がいいですよ、と言われて笑ってしまったのは許されたいと思う。
そう言われても絵心のことが好きだから仕方がないのだ。この恋を捨てられる段階はもうずいぶん昔に通り過ぎてしまった。
高校生のときに簡単に恋をして。三十代に足を踏み入れてもまだ好きだと思えてしまう自分をやっかいだなぁ、と思う。
古い恋を引きずって、新しい恋にのめり込めないままここまでやってきた。
もし過去のどこかのタイミングで結婚していたらこうなっていなかっただろう。
やっぱり、好きな人の頼られることを嬉しいものだ。内容がどうであれ。
恋と執着というものは人間の中でもとても面倒くさい感情で。
いろんなことを捨てきれなかったからこそ今の生活があると思えば、なんだかんだ悪くないと思った。