春憂い

 桜の開花予想を二週間後に控えた三月十四日に三門第一高等学校の卒業式は執り行われた。二日前まで雨が降り、前日は曇り、当日はどうなることやら、と心配していた天気も青が広がる快晴に見舞われる。
 三輪は在校生として卒業式に参加しなくてはならない。三輪のクラスの担当は花の飾りを作ることが主だったので、当日することは特にないが、それでもいつもどおりの時間帯に家を出て、少しだけ遠回りをしてもう誰も住んでいないアパートを目指す。三輪の家から歩いて四十分ほどにある人の気配のないアパートの二階の角部屋。そこに確かになまえが居た。まだ三ヶ月くらいしか経過していないはずのに、ひどく昔の頃のように感じられる。ついこの間まで、なまえは三輪の隣にいたのに。
 遠目から五分ほど部屋を眺め、それからアパートの前を去る。城戸の話によるとあの建物自体は八月頃になると取り壊されるらしい。城戸が言うにはもともと一時しのぎの簡易住宅として建てられたものなので、住める期間が定められていたそうだ。そうなってしまえばもうここに来ることもないだろう、と思う。彼女の部屋に向かって一礼をしてから踵を返した。
 学校に向かって歩いていると、校門が見えたあたりで背後から三輪の背中が叩かれる。米屋か出水だろうと思って、すこしの苛立ちを感じながら振り返ると、そこには同級生の隠岐と先輩の水上が居た。水上は卒業式なのに普段と変わりのない装いと空気感で卒業式の主役なのか疑わしく思ってしまうほどだ。

「三輪おはようさん」
「おはようございます」

 二人に会釈をすれば、水上が三輪の姿を見てからその奥に視線を向けていたのがわかる。三輪の後ろに誰を見ているかなんて一目瞭然だ。

「水上先輩、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとうな」

 本当なら、本当であれば、三輪の隣にはなまえがいて、きっと卒業式に貰う造花をもらい三輪に見せびらかしていたことだろう。それがないことに居心地の悪さを覚えた。

 なまえがいなくなってからの世界は何も変わらず、まるで初めから彼女がいなかったかのようにまわる。大規模侵攻からの遠征に関する報道のせいで、誰も彼もなまえのことを口にすることはなくなった。誹謗中傷じみた悪口が三輪の耳に届かなくなっただけ平和になったのだろう。皆口にするのは次の遠征についてやどこの隊が遠征部隊に選ばれるのか、などそんな話ばかりだ。
 水上たちと別れ、昇降口で靴を履き替えてから自分の教室へと向かう。階段や廊下ですれ違う在校生の会話が耳に届いた。
 先輩に告白するとか、部活の追い出し会があるとか、寂しそうだけれどどこか楽しさも含まれる声色に言葉にならない感情を覚える。三輪が卒業を祝いたいひとはこの世にいないのだと再度認識して胸が苦しくなった。
 教室に到着するとすでに三浦や仁礼は来ていて、三浦は三輪の姿を確認するなり近づいてくる。

「おはよう、三輪」
「おはよう」

 挨拶に自分も挨拶を返して、自分の席に座ると三浦は三輪の前の席のクラスメイトに断りを入れて座った。

「なにかあったか?」
「んーん、オレが、感傷に浸りたかっただけ。三輪くんを巻き込んで」
「感傷?」
「あの人のことちゃんと理解してるのって三輪くんだけだと思うから」

 あぁ、と納得した声が出る。三浦たち香取隊は考えが似ているのかなまえに心酔している節があった。一番心酔していたのは香取だけれど。

「おまえたちは珍しくあの人に近かったもんな」
「三輪くんの次に、だけどね」

 三浦が穏やかな笑みを三輪に向けながら、瞳の奥には悲しみが滲んでいた。三浦たちはなまえの死を悼んでくれているのだと思うと喜びが胸を過ぎる。三輪以外にもちゃんとなまえのことを見てくれていた人間はいるのだ、と安心した。

「三輪くんにとってのみょうじ先輩ってどういう人だったの」
「……協力者、という言葉が一番しっくりくるかもしれない」
「なるほど」

 そりゃ、葉子ちゃんが三輪に勝てないわけだ、と楽しそうに笑った。香取はなまえの中で三輪みたいになりたかったらしい。三輪先輩に勝てなくて悔しい、と駄々を捏ねていたそうだけれど。
 三浦は──というよりも香取隊は珍しくなまえと親交のある隊だった。香取が一方的になまえに懐いている姿を何度も何度も目撃している。どうしたって、だれも彼女の中に入り込むことなどできないのに。三輪はきっと周囲から見ればなまえの中に入り込めた唯一の人間のように見えたのだろう。実のところそんなことはまったくないのだが。入り込めたことなどないけれど、隣にいることが許されただけで。ただ同じ傷を抱えていたという共通点があった。ただそれだけのことである。

「三輪くんへの関わり方とオレたちとの関わり方って結構違うのわかっててさ、なにが違うんだろうってずっと思ってた」

 協力者なら理解できる、と寂しげに言う三浦に申し訳なさを抱きながら、なんと答えるか悩んでいると、いつの間にか教室に担任の教師が入ってきていた。

 まだ暖かさを感じない冷えた空間である体育館に卒業生よりも先に入り、在校生はパイプ椅子に座って卒業生を待つ。眠そうにしている仁礼や出水の背中を眺めながら、たくさん並べられている卒業生用のパイプ椅子の群れを見た。なまえの席がないことは知っている。誰から聞いたのはわからないが、米屋が小耳に挟んだんだけど、と三輪が教えてくれたのだ。なまえが亡くなってしばらくしてからなまえの席はなくなってしまったそうだ、と。ひとつ、またひとつ、となまえがいた証拠がなくなっていって、彼女という存在がいたという現実が薄れていく。なまえはあんなに苦しみながら、唇を噛み締めて必死に生きていたというのに。それを知っている人間がこの世界に何人残っているのか。下手をすれば三輪と城戸しかいないのではないか、と思うくらい彼女が居た証のようなものを見つけることができなかった。
 卒業生の入場です、と司会の放送部員がアナウンスをすると、流れていた音楽の音量が徐々に大きくなり、昨年も聞いたクラシック音楽が流れる。卒業生がゆったりと歩きながら体育館に入場してきた。入場時に流れているのはパッヘルベルのカノンニ長調だ、と言ったのは彼女で、クラシック音楽に造詣があって驚いたのを思い出される。
 三年A組が入ってきたときは国近がいつも通りのどこかゆるい雰囲気に、背筋をしっかりと伸ばした今が続いた。それから少し離れて気怠そうな装いの当真が入場してくる。クラス全員が自席のパイプ椅子の前に立ち揃ったところで一斉に座った。続々とB組、C組と続いていき、居心地の悪そうな影浦に、胸を張って堂々と歩く穂刈、それからいつも通りが全く崩れる気配のない水上から隙間が空くことなく続いて村上の姿が目に映る。つい二ヶ月前まで、水上と村上の間にはなまえがいた。名前の順だと彼女は水上のあとだったのだ。だから、全校集会などでなまえに話しかけに行こうとするといつも水上が視界に入っていた。
 卒業生の入場が全員終わり、一同起立、という声に従って立ち上がる。司会が生徒から教員へと変わり、卒業式を執り行う旨の宣言がされた。淡々と進んでいく行事に虚ろにも似た感情を覚えながら、立ったり座ったりを繰り返す。来賓の話など聞こえていない。ここにいるはずもないなまえの姿を探してはいないことを実感して落胆して、自分勝手なうら寂しさを抱いた。
 気付けば卒業生による卒業証書授与が始まり、代表者のみが証書を受け取るが、その前にクラスの生徒の名前が一人ずつ読み上げられた。それに呼ばれた人間が返事をしていく。
 呼ばれていく聞き覚えのあるボーダー隊員の名前が次々と聴覚を刺激するたびに、空虚感が胸を締め付けた。

「水上敏志」

 ぼうっと呼ばれていく名前を聞いている途中ではっ、と意識を現実に引き戻された。朝挨拶をした先輩の名前が聞こえ、はい、と返事をする。それから──次に呼ばれた名は村上だ。本来であればこのあとになまえが呼ばれるはずだったのに。
 誰にも気づかれないように彼女の名前を無声でなぞる。こころだけが震えて喪失感が胸を覆うような感覚を覚えた。どうしてあの人が、と何度思ったかわからない。迅はよくない未来がなまえを巻き取る力が強かったというけれど、ふたりきりの夜のなまえを知っている三輪としてはきっとなまえ自身からよくない未来に巻き取られに行ったのだろうと思う。三輪に直接言ったことはなかったけれど、なまえは死にたがっていたのだ。同志の三輪を置いて行ってでも。あの日にわたしは死んだのよ、という言葉を一度だけ聞いたことがある。どういう意味ですか、と問えばなまえはうっそりと笑うだけで。そのときに真意を聞いていればよかったのかもしれないけれど、そのときの三輪は恐ろしくてそれができなかった。
 傷を舐め合うように寄り添い始めたきっかけはずっと覚えている。それを心地よいと感じていたけれど、薄いガラスのように壊れやすかった関係だ。玉狛の近界民とのやり取りを隠していた時点できっと思うところもあったのだろう。
 先に裏切ったのは三輪だ、と思っていたのかもしれない。
 なまえがもしこの場に居たらどういう風に過ごしていただろうか、と夢想する。卒業生の花を見せびらかしてくるのは絶対だろうし、式の最中もちらちらと三輪を見てくるかもしれない。手さえ振ってくるような人間なのだ、なまえは。空気が読めないのか、と当真が一度ぼやいていたけれど、なまえは空気が読めないんじゃなくてあえて空気を読まない人間だった。そう振舞うことでいろいろなことを保っていたのだ。
 在校生からの送辞が始まった頃、流れていた曲が切り替わったことに気付く。この曲もなまえに教わった曲だ。リストの愛の夢、と悲しげに笑って教えてくれた。どういう曲なのかは聞かなかった。三輪となまえはべったりしているように見えていただろう。けれど、実際はお互いがお互いの本質に触れることを躊躇していた。だから、ただ同じ傷を持っているという上辺だけで馴れ合うことができたのだ。傷は暴かれたくない、でも傷を持っていることは知っていてほしい。そんな都合のいい──心地のいい関係をずっと続けていた。
 終わりがあっけなくやってくることをずっと理解していたはずなのに、なまえだけは違うなんて思い込んで、自分の馬鹿さ加減をわらう。
 卒業式の定番曲である旅立ちの日にが卒業生によって歌われる頃に、ようやく現実を受け止めた。なまえは二度とこの曲を歌うことはないし、卒業証書を受け取ることはない。ひどい世界だ、と思う。なまえは学校があまり好きではないようだったけれど、それでもきっと卒業はしたかったはずだ。いつもなんだかんだ卒業単位が足りるかどうかは計算していたので。それが叶わなかったことを虚しく思う。

「卒業生の退場です」

 ふわふわと遠くに飛ばしていた意識を引き戻され、気づけば卒業式は無事終わっていたようで、卒業生たちがまた入場のときと同じように厳かな雰囲気を保ったまま体育館から外に出ていく。このあとは教室へ向かうのだろう。その姿を見送り終わってから、二年生は体育館の片付けがあるのでもう少し残っているように教師からのアナウンスが入った。これも毎年のことだ。
 ガタガタと音を立ててパイプ椅子を畳んでいき、五脚ずつまとめて体育館のステージしたの収納スペースに片付けていく。二年生全員でかかればさほど時間もかからなかった。あとは教室に戻り、担任から連絡事項を聞かせられ今日は解散だろう。部活動に入っている生徒の会話に耳を傾けていると、これから追い出し会の準備をしなきゃ、なんて声が聞こえてきた。ボーダーでは特にそういった催しはないけれど。なんなら一部の人間は迫っている遠征選抜試験のことで頭をいっぱいにして居そうだ。三輪たちA級隊員は審査をする側ではあるけれど。

 教室に戻り担任から連絡事項を聞いて解散だろうと思っていたが、なぜか三輪は担任から用があるから、と呼び止められた。不思議に思っていると、帰りの会が終わったら職員室に来るように、と言われる。
 なにかあっただろうか、といろいろなことを思い浮かべるけれど、該当するものはなさそうだ。担任がクラスメイトに向かって連絡事項を述べたあとに解散、と言ってから一緒に職員室に行こう、と手招きをされる。
 二年D組の教室からわけもわからないまま担任と並んで職員室に向かって歩けば、担任が問いを投げかけてきた。

「三輪は上級生で仲いい先輩はいないのか」
「普通だと思いますが。ボーダーの先輩方とはそれなりに交流はありますけど」
「……そうか」

 そこからの会話はなく、黙々と歩を進めて職員室までの道のりを歩く。階段を二階分降りて校舎の端から端までを進めば、職員室に辿り着いた。担任が先に入っていったので、ついていくように中に入り、入室時に失礼します、というのは忘れない。担任教師の席の隣に三年の担任の教師が居て、三輪が来るのを待っていたのか三輪の姿を見るなりお辞儀をしてきた。その教師の手には黒い丸筒がある。ここまで来てようやく理解した。

「きみが三輪くんかい」
「二年D組の三輪秀次です」

 ぺこり、とひとつ頭を下げると目の前の教師は目元を緩める。
 教師は三年C組の担任の教師だという。
 なまえのことをずっと気にかけていたけれど、先日のことは残念でならない、と目元を赤くしながら言った。まさか自分の教え子が亡くなってしまうなんて、と気落ちしているようにも見えたかもしれない。

「どうして自分が呼ばれたんでしょうか」
「これをみょうじの保護者に渡してもらえるだろうか」

 黒い丸筒を目の前に差し出されて、言われたことを必死に理解する。これを、自分に持って帰れと言っているのだろうか、この教師たちは。

みょうじの保護者に連絡をしたら、きみに預けておいてほしいと」

 まっすぐとした目で言われて、思わず息を飲む。城戸がなにを考えて目の前の丸筒を三輪に持って帰って来いと言うのかわからなかった。理由がわからないからこそ据わりが悪い。ボーダーの事情など知らない担任教師たちの視線にわずらわしさを覚えるけれど、我慢してそれを受け取る。
 ──紙一枚しか入っていないそれは、軽いはずなのにどこかずしりとした重さを感じた。

「確かに、預かりました」
「すまないな、任せてしまって」
「いえ、」

 三輪の手中には受け取った彼女の卒業証書が入った丸筒が在る。
 来年になれば自分だってもらうはずのそれを、今の自分が持っていることに落ち着かない感じを覚えた。意味もなく筒の側面を指先でなぞればワニの皮膚のような模様が読み取れる。丸筒をスクールバッグに片付けることもできるけれど、なんとなく手に持ったまま自分の担任と彼女の担任教師に挨拶をしてから職員室を後にした。

 職員室をあとにして昇降口に直行しよう、と廊下を歩いていけば、グラウンドや中庭で騒いでいる卒業生や在校生の姿が視界に映る。頭上からは吹奏楽部が追い出し会中なのか音が聞こえるし、どこかからギターなどの音も聞こえるから軽音部もなにかしているのかもしれない。泣いている生徒もいれば笑っている生徒もいる。どの人間にも寂しさとか不安とか祝福などの気持ちがうかがえた。昇降口に到着し靴を履き替え、そのままグラウンドを通り抜けて本部基地へ向かおうと足を進めると、背後から苗字を呼ばれて呼び止められる。そこには香取隊の三人がいた。

「三輪先輩何持ってるんですか?」

 不思議そうな顔をして香取が問いかけてくる。それに嘘を吐くこともできたが、素直に答えた。

「……あの人の卒業証書だ」
「なんで先輩が持ってるの」

 不満な態度を隠しもしない香取になんの感情も覚えないが、三浦と若村が申し訳なさそうにするので、気にしていない、とフォローを入れる。

「城戸司令が、俺に預けるようにと先生たちに言ったみたいだ」
「いつも先輩ばっかり」

 唇を尖らせてすねたような口ぶりで言う香取に申し訳ない、と思わなくはない。けれど、なまえと城戸と重ねた時間があるから三輪にこういう役回りが回ってくるのだ。けれど、三輪自身もこの重いのか軽いのかわからないものをずっと持っているのが苦しく、ひとつの考えが浮かんで口にする。

「香取たちが城戸司令に持っていくか?」

 卒業証書の入った丸筒を差し出しながらそう告げると、香取は嬉しそうな顔をしてそれを受け取った。肩の荷がひとつ降りたような心持ちだ。城戸には三輪から連絡を入れておくから、と告げれば香取たちは得心したように頷く。三人揃って基地に先に行く、と言うので彼らの背中を見送った。あの人との別れを受け入れるための時間になればいいと思う。
 香取たちを見送ってから軽くはない足取りで高校の正門を通り抜けた。門を出たすぐのところでまた呼び止められる。今度は誰なんだ、と思って振り返ると水上の姿があった。

「水上先輩」
「お疲れ」
「改めてご卒業おめでとうございます」
「おおきにって言ってもどうせボーダーで会うやろうけどな」
「そうですね」

 なんなら明日以降の遠征選抜試験で会ったりすることもあるだろう。特に親交があったわけでもないので、水上に対して寂しいなどといった感情を覚えることもない。何の用だろうか、と水上が話し出すのを待っていると、目の前の水上はあーだのうーだの唸っていた。割と用件から簡潔に話す印象のある先輩の歯切れの悪い様子に思わず頭の中に疑問符が浮かぶ。
 それから意を決したのか、まっすぐとした感情の窺えない眼で三輪を見て、なぁ、とようやく本題を切り出した。

みょうじの墓とかってあんの?」

 どういう意図でそれを問いかけられたのか分からず、驚きで言葉を失う。震えそうになる声をなんとか押さえつけていつもの調子で返事をした。

「どうしてそんなこと聞くんですか」
「半年前にあいつに借りたCD、まだ返してへんことに気付いてん」

 今日は持ってきてないねんけど、と水上は言葉を続ける。
 なまえの墓のことを聞いてきたのは水上が初めてだ。
 香取隊は三門市育ちなのもあって、侵攻で亡くなった身寄りのない人間が基本的に慰霊碑に弔われることを知っている。だから聞いてこなかったのだろう。けれど、三輪だけはなまえ個人の墓があることを知っていた。城戸が、三輪にだけ教えてくれたのだ。墓なんて、と思わなくはなかったけれど、城戸がこれは自分ができる彼女への贖罪だ、というのでなにも言わなかった。彼女の墓は本部基地から離れた一度目の大規模侵攻の慰霊碑から歩いて五分のところに作られている。三輪もまだ数度しか足を運べていない。

「で、どうなん?」

 黙った三輪に追い打ちをかけるように水上が問いかけてくる。ボーダーの職員──特に大人──に聞けばわかることなので、三輪も隠すことなく本当のことを話した。

「墓はあります。公にはされていませんが」
「それって俺らが行ってもええやつ?」
「俺らというのは」
「同級生組とか」

 城戸がなまえの墓の場所を秘匿にしているのは、おそらくこれまでの噂によって形成された彼女の立ち位置を慮ってのことだろう。悪意がある人間ばかりだとは思わないが、一人か二人くらいは悪意がある人間がいるかもしれない。そういう人間から遠ざけたかったのではないか、というのが三輪の考えだ。城戸に答え合わせをしてはいないので、合っているかはわからないが。

「許可が下りれば教えることは可能だと思います。でも、俺の口から直接場所を教えることはできません」
「さよか。わかった」

 答えづらいこと聞いて悪かったな、と謝られる。いえ、と言葉を返せば、最後に水上にこれだけ聞いてええか、と言われた。

「なんですか」
「三輪とあいつはほんまに付き合うてなかったんか?」

 試すような、三輪の思考を読み取るような居心地の悪い視線を受け止めて、そのまままっすぐと見つめ返す。やましいことなどなにひとつないのだ。

「そういうのじゃないので。俺とあの人は。墓の件は上層部に聞いてもらえたらと思います」
「最後に悪かったな。おおきに」

 失礼します、と水上に挨拶をしてからその場を早歩きで去る。暴かれたくないものを暴かれたような気分のせいか、心臓がいつもより早く動いているような気がした。
 足が思うままにどのくらい歩いたかはわからない。気付けば目の前には更地になった土地に建てられた大きな慰霊碑が見える。
 それを通り過ぎ、慰霊碑から五分ほど歩いたすこし離れたところに小さな墓石があった。大きな慰霊碑には劣る小さなそこになまえが眠っている。城戸がなまえを火葬して骨壺に納骨したところまでは聞いていたが、墓を作った話までは聞いていなかった。三輪が彼女の墓の存在を聞かせられたのは、アフトクラトルからの侵攻が終わり、次にやってきた近界民──ガロプラ──を撃退した後のことである。報告のために城戸の元に訪れた際に秘密裏になまえの墓を作ったことを聞かせられた。三輪もてっきり彼女自身は身寄りのない孤児だったので慰霊碑にまとめられるのかと思っていたのだ。
 白くて小さく丸い墓石はなぜかなまえを想起された。夜一緒に眠ってくれた彼女のやさしさのようなものを勝手に感じ取る。きっと彼女は本来そういうものが似合う人だろうと思ったのだ。やさしいとか、しろいとか、まるいとか。
 仕事で忙しい両親の代わりに弟の面倒を見ていたの、と小さく笑いながら教えてくれたなまえは、とても善良でやさしくて眩しいと思った。それが、〝あの日〟が来たことで憎しみという感情にのまれ黒い感情に染まり、ああなってしまったのだろう。
 墓石の前にしゃがみこんで手を合わせる。今日卒業式があったこと、もしかしたら水上たちがくるかもしれないこと、明日から遠征選抜試験が始まることを報告した。ついでにまたしばらく来られないということを胸の内で告げる。
 最後にこれだけは口に出そう、と決めていた。
 本来であればきっと直接伝えるはずだった言葉だ。

なまえ先輩、ご卒業おめでとうございます」